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【新ヨーロッパ通信】パスポートは多いほどよい
日本政府は、原則として二重国籍を禁止している。もしも日本人が外国の市民権を取得し、その国のパスポートを持とうとする場合には、原則として日本の国籍を捨てなくてはならない。
これは、日本と友好関係を持っていない国の市民が日本の国籍も取り、政治などに影響を与えることを政府が警戒しているためだろう。
だが、欧州や米国に住む日本人以外の市民の間では、二重国籍の人に時々出会う。欧米では、二つの国のパスポートを持つことは、珍しくない。
ミュンヘンに住む日本人の中には、日本の国籍を捨ててドイツ人になった人もいる。その人は日本に長期滞在する時には、ビザを取らなくてはならない。
私はドイツに35年間住んでおり、ドイツ語には不自由しない。国籍取得のための試験に合格する自信もある。ドイツの国政選挙に投票したいと思うこともある(ドイツでは、EU加盟国からの外国人には地方自治体選挙への参政権が認められている。EU域外からの外国人には参政権はない)。
だが、私は日本の国籍を捨てたくないので、ドイツには帰化しない。それでも私は、保有するパスポートは多いほど良いと思っている。その理由をお伝えしよう。
レバノン人のAさんは、パリで医師として働いている。2006年に彼がベイルートに里帰りをしている時に、イスラエルとレバノンのテロ組織ヒズボラ(神の党)の間で戦争が始まった。イスラエル軍がベイルート空港を爆撃して滑走路などを破壊したため、旅客機の発着ができなくなった。このためAさんは足止めを食い、パリに戻れなくなった。ベイルートをめぐる戦闘は激化する一方。パリで働かないと、収入も途絶える。その時Aさんは、ベイルートのブラジル大使館が、ブラジル人のためにバスをチャーターして、陸路でヨルダンに脱出させるという話を聞いた。
Aさんは、父親がブラジルで働いている時に生まれたため、ブラジル国籍も持っている。このため、ブラジル大使館のバスに乗って、ヨルダンに脱出することができた。彼はアンマンからパリに戻った。Aさんは二重国籍だったために、戦火を避けて国外へ出ることができたのである。
ベイルートはかつて「中東のパリ」と呼ばれるほど栄えた町だった。しかし、イスラエルとの度重なる戦争によって、ベイルートだけではなくレバノン全体が損害を受けた。
私はこの話を聞いて、「地政学的リスクが高い国の市民にとっては、パスポートを複数持つことが重要だ」と思った。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92