オランダ人の水との戦い
ロッテルダムの南東15キロ。水路に沿って、19基の風車が建てられている場所がある。18世紀に建設された風車だ。キンデルダイク(子どもの堤防)と呼ばれるこの地域は、オランダで最も風車が多く集中している場所だ。オランダの土地の約4分の1は、海面よりも低い。国土の約半分は、高さが海面から1メートルしかない。このためオランダは、中世以来洪水に悩まされてきた。例えば、1421年の洪水では、オランダの72の村落が破壊され、死者数は2000人~1万人に上った。「エリザベートの洪水」と呼ばれるこの災害では、キンデルダイクがある地域に、赤子と猫が乗った揺りかごが流れ着いた。猫は揺りかごが沈まないように、揺りかごの上をあちこち飛び回って、平衡を取っていたという。この地域に子どもの堤防という名前が付けられたのは、そのためだという説がある。
1953年には高潮のために北海に面した堤防が決壊して、オランダの多くの地域が洪水に襲われ、1800人を超える市民が犠牲となり、20万頭を超える家畜が死んだ。この災害は、エリザベート洪水以来最悪の洪水だった。
アムステルダム市の紋章は三つのXだが、これは同市が戦ってきた三つの災難、つまり、洪水、火災、疫病を表わしている。
キンデルダイクの風車が建設されたのは、干拓地の水位が上がった時に水をかい出して、洪水が起きるのを防ぐためだった。現在では、電動ポンプが水位を調節するので、風車を使う必要はなくなった。風車小屋の中には市民が住んでいる。この地域には車の乗り入れは禁止されているので、飲み水や食料品などの生活物資は、船か自転車で運ばなければならない。
低地が多いオランダは、堤防建設や干拓地からの排水などについて世界で最高水準の治水技術を持っており、オランダ人の技術者たちは世界中で水との戦いで活躍している。1953年の被害を教訓として、オランダ政府は水の侵入を防ぐために「デルタ」と呼ばれる堤防を1978年に完成させた。
だが、地球温暖化によって北極や南極の氷山が溶け、世界中で海面が上昇しつつある。気候変動はオランダにとって深刻な問題だ。同国の気象研究所(KNMI)は、「最悪のシナリオによると、2100年までにオランダ付近の海面は現在に比べて2・9メートル上昇する可能性がある」と指摘している。
オランダ人たちは、将来も水との戦いを続けなくてはならないのかもしれない。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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