モンテネグロの憂鬱
今年8月、私はバルカン半島の小国モンテネグロを初めて訪れた。人口約62万人。ドイツのミュンヘン市の人口の半分に満たない。モンテネグロはユーゴスラビア連邦に属していたが、国民投票の結果、2006年に独立した。
私は車でボスニア・ヘルツェゴビナからモンテネグロに入り、道端の食堂で昼食をとろうとしてメニューを見て驚いた。価格がユーロで表示されている。モンテネグロは欧州通貨同盟に入っていない。それなのになぜ通貨がユーロなのか?
モンテネグロは、ユーゴスラビア連邦に加盟していた時には同連邦の通貨ディナールを使っていたが、1990年代には旧ユーゴ内戦の影響もあり、ディナールが暴落。このため、モンテネグロは1999年にドイツ・マルクを一方的に導入した。2022年にドイツがユーロを導入すると、モンテネグロもユーロを唯一の通貨として使い始めた。
通貨同盟に関する条約には、EU加盟国であることが通貨同盟に参加する条件の一つとして明記されている。したがって、欧州中央銀行は、モンテネグロが一方的にユーロを導入したことについて不快感を表明している。モンテネグロはユーロ圏加盟国ではないので、ユーロ紙幣を印刷したり貨幣を鋳造したりする権利は与えられていない。
モンテネグロではドイツと同じようにユーロで支払いをできるのは便利だが、私が滞在したコトルという町の付近のレストランの食事の値段は、ミュンヘン並みに高かった。
モンテネグロは、中国の一帯一路プロジェクトのために苦境に陥った国としても知られている。同国政府は、アドリア海に面したバールとセルビアのベルグラードを結ぶ高速道路のうち、モンテネグロの区間165キロを建設するために、14年に中国輸出入銀行から約10億ドル(1500億円、1ドル=150円換算)の融資を受けた。工事は中国道路橋梁建設会社が担当した。
だが、モンテネグロ政府の借金は、21年の同国の国内総生産(GDP)の約17%に相当する額だった。モンテネグロ政府は融資の返済が困難な状態に陥り、21年にEUに「資金援助してもらえないか」と問い合わせた。モンテネグロはEU加盟候補国だが、まだ加盟していない。EUは、「他国の借金の肩代わりをすることはできない」とモンテネグロの要請を断った。
欧州の論壇では、「モンテネグロが融資を返済できない場合、中国政府は同国の港などを差し押さえるのではないか」という見方も出ている。安易にチャイナ・マネーのお世話になるのは考えものだ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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