ページトップ

Column コラム

ホーム コラム 新ヨーロッパ通信 ドイツの労働組合は忖度しない(中)
新ヨーロッパ通信

ドイツの労働組合は忖度しない(中)

SHARE

Twitter

 ドイツの労働組合の政治的、社会的影響力は絶大だ。政府は、ドイツ労働組合連盟(DGB)、全金属労組(IGメタル)、サービス業労組(Ver.di)、鉱業・化学・エネルギー労組(IG―BCE)などの政治的影響力を無視することはできない。オラーフ・ショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)も、元は19世紀に労働運動を母体として結成された政党である。日本の連合に比べると、DGBやIGメタルははるかに対決姿勢が強く、政府や経済界に対して積極的に要求を突き付ける。ドイツの組合組織に比べると、連合はおとなしく、経済界の一部という印象を与える。
 これらの産業別労組とは別に、ドイツには約10万5000の企業別組合(事業所評議会)がある。事業所評議会のメンバーは会社の社員の投票によって選挙で選ばれる。労働条件や上司とのトラブルに悩む社員にとって、事業所評議会は「駆け込み寺」であり、最も重要な相談相手でもある。不当解雇や長時間労働などをめぐって社員が労働裁判所に提訴するような場合には、社員は事業所評議会などのアドバイスや支援を受けることができる。
 驚かされるのは、この国の法律が事業所評議会に対し、経営を監視する権利を保障していることだ。ドイツの企業には、取締役会を監視・監督する監査役会という組織がある。企業の中で最も重要な意思決定機関だ。例えば、社員数が2000人を超える企業では、共同決定法という法律に基づき、監査役会の人数の50%を事業所評議会の代表が占めなくてはならない。また、社員数が500~2000人の企業では、監査役会の人数の3分の1を事業所評議会から選出することが義務付けられている。つまり、法律で組合の代表に経営を監視する権利を与えているのだ。
 この例に表われているように、ドイツは法律の整備によって事業所評議会の権限を強め、労働者の権利を改善してきた。第二次世界大戦直後の西ドイツでは、週の所定労働時間は48時間だった。人々は土曜日も含めて毎週6日間働いた。1日の平均労働時間は8時間だった。しかし、1950年代に西ドイツで国内総生産(GDP)が急激に増加すると、DGBが「経済成長の成果を労働者にも分け与えるべきだ」として経営側に対して賃上げと時短を強力に求め始めた。DGBは1955年に「週40時間で十分だ」というキャンペーンを開始。1956年には「パパは土曜日には子どものものだ」というスローガンの下に、週休2日制の導入を求めるキャンペーンを始めた。
 (つづく)
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

SHARE

Twitter
新着コラム