「民間医療保険」というと、われわれは条件反射的に「入院1日につき○円」という商品を思い浮かべるが、こうした商品は世界的には決して一般的なものではない。
生保会社が取り扱う商品のうち、死亡保険や年金保険は国が違ってもその内容に大きな差はない。一方、医療保険は、各国の医療システムや公的医療保険制度によって大きな影響を受け、その内容は各国でさまざまであり、多くの国では実損てん補的な商品が主流である。しかしながら、海外各国の医療保険の内容をまとまった形で紹介した文献は多くない。本書はアメリカの民間医療保険の全体像を簡潔に分かりやすく紹介した好著である。
筆者が同書を著した目的は、①「わが国で的確な認識がなされていないアメリカの民間医療保険について、実際にこの分野に従事している日本人として本来の姿を訴求したい」②「実際にアメリカに在住し民間医療保険を利用する日本人の方々へ、その仕組みを日本語で分かりやすく網羅的に説明したい」の二つである。そうした目的に沿って、同書の構成は以下のとおりとなっている。
第1章 アメリカの民間医療保険の特徴
第2章 基本的仕組みと四類型
第3章 処方箋薬
第4章 法規制
第5章 加入資格
第6章 保険料率と算定方式
第7章 ファンディング・メソッドと自家保険
第8章 医療保険運営のポイント
第9章 歯科保険・視力矯正保険
第10章 類似の制度
第11章 最新動向と今後の方向性
海外事情を調査する上でわれわれが陥りがちな過ちは、断片的な情報や事実を既存の知識とつなぎ合わせて(自分にとって都合のよい)ストーリーを作り上げてしまうことであるが、同書にはそれはない。アメリカで6年間保険業務に携わった経験を生かして、見事に全体像を描き切っている。いずれの章も、豊富なデータと筆者手作りの図表を有効に活用して臨場感あふれる筆致で実像が活写されており、評者には新鮮な発見の連続であった。
例えば、アメリカでは雇用主は基本的に従業員の健康情報を入手できない、などという事実は、年1回の健康診断が法定されているわが国にいて想像することは難しい。わが国で「ゾロ新」などとやゆされる「ジェネリック(成分や効能が新薬に似た後発薬)」が給付の基本となっていることも初めて知った。また、インデムニティ、PPO、HMO、POSという4類型についても、初めて立体的に理解することができた。
中でも驚かされたのは、冒頭の「大手医療保険15社の受領した保険料に対する支払給付金の比率は81・2%(A.M.ベスト社レポート)」という記述である。アメリカの医療保険料が毎年2けたの増加を続けているという事実から、評者は漠然と、医療保険会社が独占的に高い収益を挙げているのではないか、との印象を持っていたのだが、事実は全く異なる。
書評の領分をやや越えるが、翻ってわが国の状況を見ると、第三分野保有契約年換算保険料約4兆円に対して、入院・手術・障害給付金の支払いは8000億円強、比率にして2割強に過ぎない。もちろん、わが国の場合、終身など長期の契約が多く(アメリカの民間医療保険はほとんどが1年更新)、保険料の相当部分が責任準備金の積み増しに充当されるし、長期にわたって料率を保証(固定)するため厚めの安全割増が必要になるという事情がある(分母の保険料がその分大きくなっている)わけだが、それにしても彼我の差は大きい。今後考察を要する点であろう。
さて、わが国の人口1人当たり病床数や1入院当たりの入院日数が国際的に群を抜いて高いことはよく知られているところであり、医療保険財政の将来の見通しが極めて厳しい中で、先日公表された医療保険制度改革大綱では、医療費抑制の切り札として入院日数の短縮が提言されている。また医療技術の進歩により、これまでなら入院加療が必要であったものが通院でも十分な治療効果を期待できる症例も出てきている。こうした傾向からすると、わが国の民間医療保険もいずれは実損てん補的なもの、さらには疾病管理的要素を織り込んだものにシフトしていくのではなかろうか。そうした将来を考えれば、同書の先駆的意味合いは極めて大きい。
ただ、高齢者と貧困層しか公的医療保険でカバーされていないアメリカの制度が、わが国の現状からやや遠いことも事実である(もちろん、そのことが同書の価値をいささかなりとも減じるものではないが)。これも書評の領分をやや越えるが、公的医療(保険)制度がベースにある欧州の民間医療保険の全体像を紹介する書物が次に現れることを期待したい。
(⑭ニッセイ基礎研究所 明田 裕)