福島事故・ドイツ人たちの反応
2011年に東京電力・福島第一原子力発電所で起きた炉心溶融事故は、日本から約1万キロメートルも離れたドイツでも、一部の人々に強い不安を抱かせた。
ミュンヘンに住むあるイタリア人とドイツ人の夫婦は、放射線測定器を買った。そして福島事故の後に買った日本製のピアノが放射性物質に汚染されていないかどうか測定した。妻は「ピアノは居間に置いたので心配だった。娘が毎日ピアノの練習もしたし…」と語る。ピアノからは放射線は検出されなかった。
私の知人のドイツ人男性は、ある日真剣な顔で私に対し「日本製の車を買ったんだが、放射性物質の危険はないだろうか?」と尋ねてきた。
私の知り合いのドイツ人Sさんは、福島事故の直後に義理の母親から、「放射能汚染が心配なので、放射線測定器を買ってくれないか」と頼まれた。しかし、放射線測定器は福島事故から5カ月経たった時点でも売り切れだった。S氏は言う。「初めのうち、私は“義母は何て心配性なんだろう”と思った。しかし、日本の放射能汚染についてのニュースを聞くたびに、私も何となく心配になってきた。測定器が届いたら、少なくとも子どもが遊ぶ庭などの放射線量は測ろうと思う」。ヨード剤を買い求める人も増加した。
私の日本人の知り合いAさんはドイツに駐在した経験があり、この国に友人、知人が多い。福島事故の直後、ドイツ人の知り合いたちがAさんに電話をかけたりメールを送ったりして、「家族と共に、今すぐドイツへ逃げて来なさい。私の家に泊めてあげるから」と勧めてきた。しかも、これらのドイツ人たちは、原発に反対する筋金入りの環境保護主義者や左派に属する人々ではなく、どちらかといえば保守的なビジネスマンたちだった。Aさんはドイツだけでなく、欧州の他の国や米国にも多くの知り合いがいるが、日本から脱出するように勧めてきたのはドイツ人だけだった。
ドイツ人たちが大げさとも思える反応を示したのは、当時のドイツのメディアの報道が極めてセンセーショナルだったからだ。ドイツの大衆紙の中には、あたかも日本全土が放射性物質で汚染されたかのような印象を与える新聞もあった。
多くのドイツ人の脳裏には、1986年のチェルノブイリ原発事故の結果、ドイツ南部を中心に家畜や野菜などが放射性物質で汚染された時の不安と恐怖も残っていたに違いない。福島事故のニュースが、チェルノブイリ事故の恐怖を思い起こさせたのだ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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