テレビ記者・レポート秘話
2月2日、TBSの報道1930というニュース番組のスタッフに依頼されて、ドイツの極右政党の躍進の背景について解説した。ミュンヘンの自宅と東京赤坂のTBSをリモート会議で結び、私がディレクターの質問に答えて、約1時間収録した(実際に番組で使われたのは1分くらい)。ドイツの政局については日々情報を集めて記事を書いているので、原稿を見ずに1時間くらい話すのは何でもない。
だが、私は1982年から90年までNHKの記者だったころ、ビデオカメラの前に立って行う記者レポートがすごく下手だった。当時NHKではこういうレポートのことを「立ちリポ」「顔出し」などと呼んでいた。私はソ連や米国、モーリシャスなどから何度も立ちリポをやったが、その際には顔を出す部分だけ暗記して収録し、顔が出ない部分は原稿を読んでいた。頭で考えた内容を話す訓練を十分に受けていなかった。当時は現場用のテレプロンプターもなかった。テレプロンプターの画面には原稿が映るから、記者はそれを読めばよい(先日、NHKワシントン特派員の目線がカメラの上の方を向いておりテレプロンプターを使っていることがわかった)。
原稿を読まずに頭の中にある内容だけを使いながら、1時間でもテレビカメラの前で話すことができるようになったのは、NHKを1990年に辞めてミュンヘンに移り、毎年10回を超える講演を行うようになってからだ。日本やヨーロッパで講演を行ううちに、人前で話すことに全く抵抗を感じなくなった。結局、経験と場数がものを言う。
立ちリポと言えば、モスクワでこんなことがあった。私は米ソ首脳会談についてリポートするために、ワシントンからモスクワへ飛んだ。現地では、記者クラブの幹事社が1人ビデオカメラマンを用意した。NHK、TBS、テレビ朝日、日本テレビ、フジテレビの記者たちはこのカメラマンの前で、それぞれ自分の原稿を読んで立ちリポを行い、ビデオテープを渡してもらって支局に持ち帰る。ところが、テレビ朝日の記者は、何回も顔出しの部分で言い間違えた。他社の記者たちが見つめていたため、あがったのだろうか。哀れなことに4回失敗した後、5回目に成功した。私は、幸い1回目で成功した。
プレゼンテーションやレポートは、われわれ日本人よりも米国人やドイツ人の方が上手だ。子どものころから学校で鍛えられているからだろう。日本の学校でも、自分の頭で考えて、人前で発表する技術を身に付けさせる教育が必要だと思う。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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