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特集

アジア保険フォーラム2023開催レポート 気候変動、保険業の危機と機会

【主催:保険毎日新聞社・中国銀行保険報・韓国保険新聞 アジア保険フォーラム2023】



気候変動、保険業の危機と機会



 保険毎日新聞社、中国銀行保険報、韓国保険新聞の保険専門3紙は4月21日、東京都千代田区の損保会館で「アジア保険フォーラム2023」を開催した。同フォーラムは、2008年から日本、中国、韓国それぞれの国の保険業界で活動する専門メディアである3紙が共同で、保険業界の共通課題をテーマに毎年開催しているもので、日本での開催は5年ぶりとなる。16回目を数える今回のテーマは「気候変動、保険業の危機と機会」で、金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーの池田賢志氏とサムスン火災企業安全研究所のキム・キョンヒ博士が基調講演を行った他、韓国・慶熙大学ソン・ジュホ教授の司会進行の下、日・中・韓の保険会社の専門家や大学教授らが登壇する総合討論を実施した。当日は日本の保険業界関係者の他、韓国・中国から行政、大学、業界団体関係者、保険会社役員など合計約80人が参加し、各登壇者の話に耳を傾けた。
 開会のあいさつで保険毎日新聞社の森川正晴社長は、フォーラム登壇者と国内外からの参加者に謝辞を述べた上で、「グローバルな、スケールの大きな問題でありながら、緊急かつ具体的な対応も要請される気候変動問題について、議論が深まることを期待する」と語った。続いて祝辞を述べた韓国金融監督院東京事務所所長のミン・ギョンチャン氏は、「今日のこの場がきっかけとなり、日・中・韓3国の保険産業の関係者が、お互いに経験と実績を共有し、協力と善意の競争を通じて新しい変化を主導していけることを願う」と呼び掛けた。



日中韓の保険関係者、約80人が参加



フォーラムの主要メンバー



基調講演



【気候変動と金融行政】



金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー 池田賢志氏
早めのビジネスモデルの変革が重要



池田氏



 20年7月から22年6月にかけて金融庁の保険課長を務め、19年3月からは、サステナブルファイナンス推進に関連して金融庁に新設された「チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー」のポストに就く池田氏は、気候変動に関する金融庁の取り組みを紹介した。
 同氏は、気候変動には、自然災害の激甚化などによって資産の直接的な損傷や、サプライチェーンの寸断による間接的な業績影響が生じる「物理的リスク」と、低炭素社会への移行に際して生じる企業等の事業上および財務上の「移行リスク」があると説明し、金融当局は双方への備えに関心があると述べた。
 また、これら二つのリスクを抑えるには、日本のさまざまな産業が早めにビジネスモデルのトランジションを図っていくことが重要だとした上で、金融庁が昨年7月に公表した「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(ガイダンス)」において、顧客企業の脱炭素などの気候変動対応への取り組みを将来を見据えた認識・評価の下で支援するといった態勢整備を、各金融機関に働き掛けていると紹介した。
 さらに、金融機関による顧客企業の気候変動対応支援の具体的な進め方として、①技術開発や製品化等の経験を有する専門家の採用等を通じて産業知見を高め、投融資や支援に活用するといった「自身の知見の蓄積」②他の金融機関や地元自治体、研究機関と連携し、地域事業者の事業開発等を支援するなどの「産学官金の連携」③顧客企業の持つ技術を新たな製品やサービスの創出に結び付けるための顧客間のマッチングといった「アドバイスの提供」④気候変動に対応する新たな技術や産業育成につながる成長資金のファンド等を通じた供給などの「成長資金の提供」―の四つを盛り込んでいるとし、これらも保険業に期待される役割であると強調した。
 その後、金融庁と日本銀行では3メガバンクおよび3メガ損保グループと連携して、NGFS(Network for Greening the Financial System:気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)が公表するシナリオを共通シナリオとした気候関連シナリオ分析の試行的取り組み(パイロットエクササイズ)を実施し、22年8月に分析結果を公表したことを紹介した。
 保険におけるシナリオ分析では、風災については1959年に発生した伊勢湾台風を基に、将来予測に基づき中心気圧を数パターンで低下させ、伊勢湾を通るルートと首都圏を直撃するルートの2パターンで分析した他、水災については各社のリスクモデル内から、荒川の右岸21キロメートル地点(赤羽岩淵)が氾濫するシナリオを選定し、将来予測に基づき降水量・流量を増加させ分析した。
 この結果、風災は中心気圧が下がるにつれ、水災は降水量・流量が増加するにつれて保険金支払い額の増加が確認できたという。また、モデルや前提条件の違いから各社の分析結果にばらつきが生じたため、確率論的な分析の高度化が今後の課題だとし、損害保険料率算出機構で開発しているリスクモデルの、シナリオ分析への活用を検討していると説明した。



【韓国の気候変動の影響と保険会社の対応】



サムソン火災企業安全研究所 キム・キョンヒ博士
「補償」から災害や事故の「予防」へ



キム博士



 続いて行われた基調講演では、キム博士が韓国の気候変動とそれに対応したコンサルサービスなどについて解説した。
はじめに、韓国においても日本の金融庁にあたる金融監督院では気候変動対応についてのガイドラインを策定していることを明かし、内容としては、ビジネス環境や戦略、ガバナンス、リスク管理に関するものとなっていると説明した。
 また、昨年からもう一つ特徴的な取り組みとして、金融監督院が10の金融機関を対象に気候リスクストレステストを実施していると紹介した。このテストは物理的な評価と移行リスクに関する評価で構成されており、物理的な評価では、例えば地球の気温が1度、2度上昇したときに、それぞれ保険会社にどのような影響があるかを分析し、移行リスクに関する評価では、炭素排出量の多い企業の保険を引受けた際にどのようなリスクがあるかなどを評価していると説明した。
 次に、韓国の気候変動を紹介。韓国の気候は近年、夏の気温に大きな変化はないものの、春と冬の気温上昇が顕著で、降水日数が減少している一方、降水量と降水強度は増加傾向にあるとし、90年代以降は、梅雨の時期は雨が少なく、梅雨以外の時期に雨が多く降るようになっていることから、韓国国内では梅雨予報をやめていることを明かした。
 さらに、台風の進路が少しずつ南東に移動しており、これによって中国内陸を通過せず、風速が減速しないまま上陸する台風が出現してきているとし、こうした気候の変化、また、2003年9月に上陸した台風「メイ」が従来の台風の4倍の損害をもたらしたことをきっかけに、サムスン火災では、「補償」から災害や事故の「予防」へと経営方針を変えていったと解説した。
 また、この動きを受け、サムスン火災企業安全研究所でも各事業者に対して、強風や洪水、海面上昇等に関するコンサルティングを実施する他、対応策の策定に向けた教育、情報提供などを行う総合防災サービスの展開を国内の大型事業所を対象に開始したと説明した。
 この20年間に韓国国内の一般物件において、損害の全体に占める自然災害起因の損害の割合は年平均で約1.8%にとどめられており、同博士は、この数字は同サービスの効果によるものと言ってよいのではないかと強調した。
 最後に、同研究所の気候リスクマネジメントについて解説し、自然災害は地域単位で被害が発生することから、地域ごとに保険を受けられる限度額を設定する「累積リスク管理」を実施していることや、その累積リスク管理で得た評価を今後の対策へと発展させ、ESGに結び付けていきたいとの考えを示した。



総合討論



〈司会進行〉
ソン教授



【日本における気候変動緩和への課題】



損保ジャパン経営企画部特命部長 丸木崇秀氏



丸木氏



 丸木氏は損保ジャパンの歴史を紹介した上で、同社では①気候変動への「適応」②気候変動の「緩和」③社会のトランスフォーメーションへの「貢献」―の三つのアクションを実践する取り組みとして、「SOMPO Climate Action」を掲げていることを紹介した。
 この取り組みには、カーボンニュートラル、災害リスクの軽減が重要だとした上で、同社では気候変動と生物多様性が強く結び付いていると考えていることから、さらに自然生態系の損失を食い止め、回復させていくこと(ネイチャーポジティブ)も合わせた三つのキーワードの連環が大切だと説明した。また、多様なプレイヤーが共同で社会課題解決に取り組むための一つのスキーム(コレクティブインパクト)も重要であると捉え、それぞれの人材をつなぐ結び目としての役割を、保険会社が担うべきではないかと呼び掛けた。



【保険会社のESGを中心とするガバナンス経営について】



大韓再保険常務 ソン・ヨンフプ氏



ソン氏



 ソン氏はまず、持続可能経営について、企業の持続可能経営は国家財政の元となる納税者の立場、社会保険基金を実現する財務的サポーターの立場から非常に重要であると語った。
 続けて、保険会社は発災時に保険金を直ちに、正確に支払わなければならないことから、持続可能な経営をするためには流動性をしっかりと認識しなければならないと述べ、その流動性には、有価証券や資産を市場で十分に、スピーディーに取引できない状況になるリスクがあると解説した。
 最後に、流動性リスクを金融再保険構造を通じて再保険会社にリスク転嫁するソリューションも必要だと述べ、日本ではそうした構造がしっかり構築されているとした上で、「日中韓の気候変動を含む大きなリスクを分担する、金融再保険の取引について今後活発な議論が行われることを願う」と結んだ。



【中国の保険会社の取り組みについて】



北京大学 朱南軍教授



朱教授



 朱教授は、中国の保険産業では気候変動リスクに対応するために、①気候変動の複雑性と非線形性による気候変動リスクを定量的に分析する際に、シナリオ分析と対応策テストの二つを組み合わせて行うこと②再生可能エネルギー、グリーン交通、グリーン農業といったエネルギーの省エネとCO2排出削減につながる分野の保険商品を開発していること③政府との連携により、環境に優しい都市を実現するためのパッケージ型保険サービスの提供を行っていること④保険産業が持つ知識と技術を輸出して、社会管理業務に参画すること―の四つの取り組みに注力していると解説した。
 また、今後の課題として、気候の専門家の予測結果をリスクモデルに取り込みつつ、価格をより適切に見直したかたちで保険商品を設計すること、保険産業の国際的な協力を一層積極的に進めることの2点を挙げた。



【気候変動と保険の役割】



早稲田大学 李洪茂教授



李教授



 李教授は、2015年のCOP21で産業革命以降、平均気温の上昇を1.5度に抑制する努力を行うことを世界共通の目標としたこと、22年のCOP27で損失と損害に対する資金支援のための基金が設置されたことなど、これまでの気候変動に対する国際協力体制の動きについて触れ、1991年に初めて提起された損失と損害の問題は、責任と賠償に結び付くことを恐れた先進諸国によって具体的に話し合われてこなかった議題だったと論じた。
 その上で、現在の日本政府は気候変動に対して、防災や災害リスクに関する総合的な支援を行うことを発表していると説明し、1966年に創設された日本の地震再保険の仕組みの改善点などを挙げながら、日中韓の保険業界が協力して、自然災害に対する保険運用体系を開発することへの期待感などを語った。



【気候変動とアクサグループ】



アクサ・ホールディングス・ジャパンインターナルコントロール部長 藤島ももこ氏



藤島氏



 藤島氏は、はじめにアクサグループの歴史を紹介した上で、同グループが行う気候変動対応として、ESG評価を投資に組み込むポートフォリオマネジメント、生損保におけるグリーン/サステナブルな商品の提供などの取り組みを紹介した。
 また、2019年の国連の持続可能な保険原則(PSI)と連携して開催した「AXA Climate Impact Day」において新たな気候戦略の目標を設定し、グリーン投資は260億ユーロ、エネルギー対策を進める企業への融資を目的に創設したトランジションボンドは1億ユーロを目標金額としたと説明した。
 さらに、同じく19年に気温上昇1.5度未満に抑えるパリ協定の目標達成を目指すネットゼロ・アセットオーナー・アライアンスに参画したこと、世界各国の学術機関や研究者を支援するアクサリサーチファンドを2008年に立ち上げたことなどの気候変動への取り組みを紹介した。



【気候変動対応における官民連携について】



浦項工科大学 チョン・クァンミン教授



チョン教授



 チョン教授ははじめに、自身の研究から、気候変動が起こると異常気象が発生する確率も高まること、そして、その規模が年々大きくなっていることを明らかにした。
 続けて、韓国国内では自然災害による損害補償の格差が生じていると述べ、その対策として官民連携が重要になるとの見解を示した。
 公共機関、保険商品の提供者、評価機関、研究者たちが気候変動について理解し、損害レベルや損失を担保するにはどうすればよいのかといったことへの理解を深めることで、今後、気候変動の全般的なリスクを管理するソリューションが構築されるだろうと論じた。
 そのためには、最新の研究結果や理論に基づいた分析、データの集約が重要だとした上で、最近はAIの技術が発達しており、そうした技術の活用によってリスク管理のモデリングが可能となっていると解説した。



〈韓国からの参加者、損保ジャパン訪問〉 



 同フォーラム開催前日の4月20日、韓国からの参加者、約20人が東京都新宿区の損保ジャパン本社を訪問した。
 一行は同社経営企画部特命部長の丸木崇秀氏から、同社の歴史、SOMPOグループのSDGsや社会課題への取り組み、「ステークホルダーとともに“安心・安全・健康のテーマパーク”により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」というパーパスなどに関する説明を受け、SDGsに関する取り組みなどについて多くの質問を投げ掛けていた。
 丸木氏の説明を受けた後は、本社隣接のSOMPO美術館で、当日開催されていた展覧会「画家たちを魅了したフランス〈辺境の地〉 ブルターニュの光と風」を鑑賞。19世紀のブルターニュの魅力が詰まった45作家、約70点の油彩・版画・素描作品を楽しんだ。



各種取り組みの説明を受ける韓国からの参加者