合成燃料のハードル(下)
ドイツ自動車業界と政府が期待をかける合成燃料については、EUが、生産や輸送を含む合成燃料の全バリューチェーンからの二酸化炭素(CO2)排出量をゼロにするという極めて困難な条件を要求した。
合成燃料については、生産費用の高さというハンディキャップもある。合成燃料の生産には再エネ電力から作られるグリーン水素が必要だ。グリーン水素は、天然ガス由来のグレー水素よりも生産費用が高い。国際エネルギー機関(IEA)によると、2021年10月の時点でグリーン水素1キログラムを生産する費用は3.2~7.7ドルで、グレー水素の生産費用(0.7~1.6ドル)を大幅に上回っていた。
さらにエネルギー効率の悪さも問題だ。米国の自動車エンジニア協会(SAE)は、「BEV(電池だけを使う電気自動車)では電力の40~70%を動力として使えるが、合成燃料で動力として使えるのは電力の6~18%にすぎない」と述べ、エネルギー効率の悪さを強調する。ドイツ電気・電子技術協会(VDE)の試算によると、容量3メガワットの風力発電設備1基で1600台のBEVを充電できるとすると、同じ電力量を使って生産される合成燃料は、250台しか走らせることができない。
ドイツの環境保護団体「交通と環境(T&E)」は、昨年10月に公表した研究報告書の中で、「合成燃料だけを使う車両のバリューチェーン全体からのCO2の排出量は、走行距離1キロメートルあたり61グラムで、BEV(13グラム)の4.7倍だ」と指摘した。つまり、合成燃料を使用した場合のCO2排出量は、BEVよりもはるかに多いというのだ。
さらに、現在合成燃料は、チリにあるポルシェのパイロット工場で試験的に製造されているが、本格的な大量生産はまだ始まっていない。ポルシェはこの工場での合成燃料の生産量を、25年に5500万リットル、27年には5億5000万リットルに引き上げる方針だ。しかし、合成燃料が実用化された場合、優先的に使われるのは航空機や船舶、トラック、建設機械などであり、乗用車に回す量を生産するのは難しいのではないかという指摘もある。
ドイツ自動車工業会は「モビリティ転換の主役を演じるのはBEVだ。しかし、45年までにドイツがカーボンニュートラルを達成するためには、中古車に使われるガソリンなどに合成燃料を混ぜる必要がある」と主張している。
この国の自動車業界は、合成燃料の前に立ちはだかるさまざまな障壁を突破することができるだろうか?
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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