イベリコ豚の秘密
スペイン南部・バルセロナの下町のレストラン。黒い蹄(ひづめ)が付いたままの大きな豚の脚がたくさん壁にぶら下げられている。肩の部分は丸々と肥えており、表面は黄色を帯びている。スペイン南西部地方の名産、イベリコ豚である。
日本語のハムの語源は、スペイン語のハモンだが、これは元々脚を意味する。白い上っ張りを着たレストランの従業員が、長さが1メートル近い豚の脚を金属製のスタンドに固定し、ナイフで肉を薄く削いでいく。ハムには、赤い部分と白い脂肪分がほどよく混ざっている。まるで日本の神戸牛のような霜降りのハムである。口に含むと、独特の風味が広がっていく。ドイツやフランス、イタリアなどで作られた生ハムよりもはるかに美味である。赤ワインにとてもよく合う。
スペイン南部のパーティーでは、イベリコ豚の生ハムを、トマトとにんにくのペーストを少々塗った薄切りのパンに載せて食べる前菜が必ず出てくる。スペインの居酒屋やレストランでは、イベリコ豚は定番だ。イベリコ豚を炭火で焼いたミニステーキも脂が乗っており非常においしい。ドイツのレストランではこれほどジューシーな豚肉を一度も食べたことがない。
イベリコ豚は普通の豚とは違って、肌の色が黒っぽい。小屋の中ではなく屋外で放牧されていることが多い。最上級のベジョーダと呼ばれる生ハムは、樫の木の森で60日間以上放牧したイベリコ豚のもの。ドングリの実など自然の産物だけを食べさせることで肉にオレイン酸が生じ、独特の風味を醸し出す。外で自由に走り回ることも、肉をおいしくするという。ドングリの実ではなく、草などを食べて育った種類をセボ・デ・カンポ、ドングリの実を食べず小屋で育った種類をカンポと呼ぶ。イベリコ豚には4段階の等級があり、他の豚が交配されていない100%イベリコ豚のベジョーダには黒いラベルが付けられる。他には赤、緑、白のラベルがある。
もともとは中東地域でイノシシと交配した豚がスペインにもたらされたという説もあり、古代ローマ人もこの豚を飼育し好んで食べたといわれる。
マドリードには、イベリコ豚の生ハムだけを売る肉屋と、レストランが組み合わされた店もあった。
3年間熟成させたイベリコ豚の脚は重さが約70キログラムあり、価格は300~600ユーロ(4万8000円~9万6000円、1ユーロ=160円換算)もする。スペイン南西部に行かれたら、是非この生ハムにトライしてみてほしい。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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