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奥深きスペイン美術の殿堂

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 私が今年9月にマドリードに滞在したのは、プラド美術館に行くためだった。1819年に開かれたこの美術館は、パリのルーブルに匹敵する欧州最大の美術館の一つである。スペイン、フランス、イタリアなどの絵画約7600点、素描約8200点、版画約4800点が収められており、巨大な建物の中を歩いて全ての展示物を見るには、1日では足りない。毎年世界から約330万人がこの美術館を訪れる。
 私のお目当ては、スペイン絵画の巨匠エル・グレコ、ディエゴ・ベラスケス、フランシスコ・ゴヤの作品だった。1541年から1614年まで生きた宗教画家エル・グレコが得意としたのは、縦長の画面に描かれた、15頭身はあるようなひょろ長い人物像である。高さを感じさせるための演出だと思うが、一度見たら彼の画風は忘れられない。人々の陰鬱な表情とドラマチックな背景、光と影の強いコントラストもスペインらしい。
 エル・グレコとは対照的にベラスケスの作品は、徹底的なリアリズムに貫かれている。やはり16世紀から17世紀に生きたベラスケスは、国王フェリペ4世の下で宮廷画家として王と家族の肖像画を多数描いた。特に見事なのは、群像である。王女と侍女を描いた「侍女たち」や、機織り職人の女性たちを描いた「織女たち」、敵に降伏する指揮官を描いた「ブレダの開城」に描かれた人々は生き生きとしており、画面から飛び出してきそうだ。
 18世紀から19世紀に生きた画家ゴヤも、一時宮廷の王族や野原で遊ぶ若者たちなどを描いた。「裸のマハ」「着衣のマハ」も有名。だが、見る者の心を最も貫くのは、フランス軍兵士によって射殺される男たちを描いた「反乱者たちの射殺」のような政治的な作品や、「我が子を食らうサトゥルヌス」「魔女の宴」「犬」に代表される一連の「黒い絵」である。ゴヤはマドリード郊外の一軒家にこもって、不気味な題材の作品を描き続けた。スペイン絵画がフランス絵画と大きく異なる点は、死と表裏一体になった、悲しく暗い情熱である。
 実は、私がこれらの作品に出合うのは二度目である。一度目は、1970年に朝日新聞社が東京博物館で開催したスペイン美術展だった。プラドなどからの143点の作品が東京で展示された。当時11歳の私は、父親とともにこの展覧会に行き、ベラスケス、エル・グレコ、ゴヤの作品に魅了された。プラドに行くと、なぜこの国が後年ピカソ、ミロ、ダリ、ガウディなどの大芸術家を輩出したかがよく理解できる。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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