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スイス名画コレクションの闇(下)

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 チューリヒの旧市街にある美術館クンストハウスの新館には、ドイツ生まれのスイスの武器商人エミール・ビューレの絵画コレクションが展示されている。壁に掛けられている絵画の中には、「ナチスによる略奪絵画の疑いがあり、来歴を調査中」という注意書きが付けられた作品がある。
 ナチスドイツなどへの武器輸出によってスイス一の富豪となったビューレは、1936年から1956年にかけて、フランス印象派などの作品を中心に633点の美術品を購入した。
 だが、美術史家らの調査から、これらの収集品の中に、フランスなどを占領したナチスドイツがユダヤ人から強奪した作品が含まれていたことがわかった。ヒトラーは、オーストリアのリンツに美術館を建設することを計画しており、フランスやオランダなど占領した国で個人や美術館から美術品を強奪させた。そのうちの一部は、ナチス関係者がスイスなどの画商に安い値段で売り飛ばしていた。特に、ユダヤ人の富裕層が持っていた作品が狙われた。ビューレのコレクションの中には、ナチスが略奪した後、画商などに転売された美術品も含まれている。
 例えば、ビューレが収集したドガ、シスレー、ヴァン・ゴッホなどの作品26点が、元々ナチスによって所有者から不法に略奪され、画商などに転売されたものであることが判明した。これらの作品に対しては持ち主やその遺族らが返還を請求したため、第二次世界大戦後にビューレが元の所有者らにいったん返還した上で、ビューレが再び買い取った作品もある。
 また、ナチスによる迫害を恐れたユダヤ人たちが、米国などに亡命するための資金を作るために、やむを得ず二束三文の値段で画商に売った作品もある。ビューレはそうした作品も買い集めた。
 一部の作品については、ビューレの資産を管理する財団と、クンストハウス側の間で来歴についての意見が合わず、展示室の壁から外されていた。
 もちろん、ビューレが第二次世界大戦中あるいは戦後にこれらの作品を画商から買った時、市民から略奪された美術品だったことを知らなかった可能性もある。それでも、一時ナチスがユダヤ人から奪った作品を、スイス政府が助成している美術館で展示することについて、道義的な責任を問う声がある。
 クンストハウスには、訪問者がこれらの作品をどう扱うべきかについて、意見を書くことができるコーナーがある。この武器商人の美術品コレクションをめぐる議論が収束するのは、まだ当分先のことになりそうだ。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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