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新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】ドイツの過去と極右躍進

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 私は1990年から35年間ドイツに住み、ドイツ人たちがナチス時代の過去と批判的に対決する努力について、本や記事を書いてきた。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡を4回訪れた。国内のダッハウ、ベルゲンベルゼン、ノルトハウゼンなどの収容所跡も訪問した。アウシュビッツを生き延びた女性にインタビューし、収容所を見学するドイツ人の若者たちの意見を聞いた。
 戦後の西ドイツは、ナチスが約600万人のユダヤ人をガス室や銃殺によって虐殺したことについて謝罪し、2022年までに被害者に対して819億6700万ユーロ(13兆1147億円、1ユーロ=160円換算、以下同じ)の補償金を払った。強制労働を行わせた企業も、被害者に52億ユーロ(8320億円)を支払った。
 ドイツは、ユダヤ人などの虐殺に関与した市民を訴追するために、悪質な殺人について時効を廃止した。収容所の看守らは、死ぬまで刑事責任を追及される。
 歴史の教科書では、ナチスの犯罪について詳しく叙述されている。歴史の授業では、若者たちになぜナチスが権力に就くことができたかについて議論させる。フランスやイスラエルとの間で歴史学者による教科書会議を開き、かつての被害国に対し、ドイツがナチスの時代について若い世代に正確に伝えていることを示す。
 このようにドイツは、前の世代の犯罪と、世界で最も批判的に対決してきた国である。だが、いま私の心は黒い雲に押さえつけられている。これほどナチスを批判してきた国で、有権者のほぼ5人に1人が、極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)に票を入れているからだ。
 AfDの幹部の中には、「ドイツの偉大な歴史の中では、ナチスの時代など鳥の糞のようにつまらないものだ」とナチスの犯罪を矮小したり、演説の場で、ナチスの突撃隊(SA)のスローガンをわざと使ったりする者がいる。ある幹部は、ドイツ政府がベルリンの中心部に建設したユダヤ人犠牲者のための慰霊モニュメントについて、「このような恥ずかしいモニュメントを首都の真ん中に建設する国は、ドイツだけだ」と述べた。
 AfDは外国人排斥を標榜し、「ドイツ第一」を掲げ、EU脱退を要求する。
 右派ポピュリスト政党が躍進しているのは、ドイツだけではない。米国、フランス、イタリア、ハンガリー、スロバキアなどでも似た傾向がある。だが、ナチスの大罪を背負うドイツでの極右の台頭は、特に重大だ。ナチスの犯罪についての啓発教育は、失敗だったのか。この問いが私の脳裏を去らない。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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