Advertisement Advertisement

コンテンツ

新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】欧米間の文明の衝突(4)

SHARE

 米国のJ・D・ヴァンス副大統領は、2月14日にミュンヘンで行った演説で、「EUや欧州諸国はSNSを検閲し、自分たちの路線にそぐわない主張や意見を抑え込もうとしている。これは言論の自由の抑圧だ」と批判した。欧州人たちは、「ヘイトスピーチや偽情報を、SNS上で野放しにすることはできない」と強く反発した。
 この意見の対立には、欧州と米国の間に横たわる、言論の自由に関する考え方の違いが表われている。これまでも米国では、「政府は、過激で公序良俗に反する主張でも、規制するべきではない。そのような主張も許すことこそが、言論の自由だ」と考える傾向が強い。だがドイツなど欧州諸国には、「政府は過激で危険な主張を規制するべきだ」と考える傾向がある。
 たとえばドイツでは、以前ヒトラーの著書「我が闘争」の販売が禁止されていた。現在では、歴史学者による批判的な注釈がある版のみ、販売が許されている。批判的な注釈のない「我が闘争」は発売禁止だ。
 その理由は、この本が市民に悪影響を与え、極右勢力を利する可能性があるとドイツ政府が考えているからだ。ナチスのスローガンを演説で使うことも、禁じられている。ナチスのシンボルである鉤十字や、親衛隊の象徴である髑髏の紋章などを公の場で示すことも禁止されている。こうした行為は国民扇動罪違反として刑事訴追の対象となる。
 つまりドイツでは、ナチズムを礼賛する言論は規制・禁止される。政府は、この思想が今なお市民の心を汚染する可能性があることを知っているからだ。1930年代にナチス・ドイツはユダヤ人に関する偽情報を繰り返し演説やニュース映画で流布することによって、市民の間に反ユダヤ主義を植え付けた。
 したがってドイツでは、他民族や他宗教などを誹謗するヘイトスピーチや偽情報も政府によって規制される。これはドイツだけの見解ではなく、欧州委員会も同意見である。したがってドイツの新聞社や放送局は、ファクトチェックを重視する。
 これに対し、米国ではこの種の発言に対する規制はドイツよりも緩い。特にトランプ氏を支持する勢力は、「反エスタブリッシュメント的な言論」を規制してはならないと考えている。フェースブックやXがファクトチェックを廃止し、ヘイトスピーチやフェイクニュースの規制をやめたのも、そのためである。ヴァンス氏が「欧州諸国の政府とEUは言論の自由を封殺している」と発言したことには、米欧間の見解の相違が表われている。
 (文と絵・熊谷徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

SHARE