コンテンツ
- ホーム
- 保険毎日新聞コンテンツ
- 連載コラム新ヨーロッパ通信
【新ヨーロッパ通信】メルツ首相・1回目落選の衝撃
5月6日にキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が推したフリードリヒ・メルツ氏(69歳)が第1回の首相指名選挙で落選したことは、政界に激震をもたらした。
5時間後に行われた第2回目投票でメルツ氏は、過半数を確保し、首相に就任した。このため大連立政権の閣僚たちは「終わり良ければすべて良し」と言って、同氏が1回目の投票で落選したことを矮小化しようとしている。だがこの前代未聞の出来事が、メルツ氏の指導力と統率力、信用性に深い傷を負わせたことは間違いない。過去にドイツの首相候補が2回目の票決を経なくては首相になれなかったことは、一度もない。ドイツは長年にわたり、欧州で最も政治的に安定した国と言われてきたが、この評価が揺らいでいる。
議会定数は630議席なのでメルツ氏は、過半数つまり316票を取る必要があった。連立するCDU・CSUと社会民主党(SPD)の議席数は328議席なので、メルツ氏だけではなく誰もが、彼の当選を疑わなかった。だが第1回目の投票で、メルツ氏は過半数に6票足りない310票しか取れなかった。CDU・CSUとSPDの328人のうち18人の議員が、メルツ氏を選ばなかった。首相選挙は秘密投票なので、誰が造反したのかはわからない。疑いの目が向けられているのは、SPD左派に属する議員たちである。
SPD左派の議員たちの中には、メルツ氏の難民政策について批判的な者が多い。特に今年1月にメルツ氏が難民政策についての決議を議会で可決させた際に、極右政党・ドイツのための選択肢AfDの賛成票も利用したことを、SPD左派は強く非難した。メルツ氏は、去年11月には「AfDとは政策協力を行わない」と発言していたが、彼はその2カ月後にその約束を破った。
またメルツ氏は、SPD左派のエスケン共同党首に閣僚ポストを与えなかった。もう一人の共同党首で右派に属するクリングバイル氏は、副首相兼財務大臣のポストに就いた。これも左派議員たちの不満を強めた。
連邦議会選挙でCDU・CSUの得票率が28・6%と低い水準にとどまり、政策に相違点が多いSPDと連立せざるを得なかったことが、問題の根源だ。そう考えると、今後も社会保障政策、労働政策、難民政策をめぐって、CDU・CSUの提案をSPD左派がブロックする可能性がある。
メルツ首相は最初の所信表明演説でも、重点を安全保障や外交に置き、経済改革など内政問題には大きく踏み込まなかった。メルツ氏の今後の4年間は、茨の道になるかもしれない。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
筆者Facebookアカウント
https://www.facebook.com/toru.kumagai.92