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【新ヨーロッパ通信】サイゴンの街角から(1) ベトナムはバイクの大洪水
第二次世界大戦後のアジアで最悪の戦争の一つだった、ベトナム戦争が終わってから今年で50年。ヨーロッパ通信の番外編として、戦争の傷痕を抱えながらも経済成長を続けるベトナムの姿を現地からお伝えする。
ホーチミン市を歩いている時、「ベトナム戦争終結から50年」を伝える、派手な色のポスターをあちこちで見た。社会主義国らしく、労働者、兵士、市民が団結する姿が描かれている。北ベトナムの指導者の一人ホーチミン(1890年~1969年)の肖像も、多くのポスターに描かれている。赤地に黄色い星をあしらったベトナムの国旗と、かつてのソ連のような鎌とハンマーの赤旗が、誇らしげにひるがえっている。
1955年から75年まで続いた戦争でのベトナム人の死者は、民間人と兵士を合わせて約300万人にのぼる。64年以降は南ベトナムを支援する米国が本格的に軍事介入し、陸上兵力と爆撃によって国土を荒廃させた。
だが終戦から半世紀が経過し、ベトナム経済は力強く成長しつつある。サイゴンは、ベトナム戦争終結後、ホーチミンと改称された。しかし今でも多くのベトナム人は、この町をサイゴンと呼ぶ。世界銀行によると90年代には同国の実質GDP成長率が一時9%を超えた。2022年の成長率は8.1%、23年には5%で、日本やドイツを上回っている。サイゴンの中心街には高層ビルが立ち並ぶ。18年に開店したバン・ハーンという大規模なショッピングモールは、売り場面積が5万5000平方メートル。日本のユニクロを初め、西側の多くの企業が店を出している。サイゴンの活気を象徴するのが、オートバイの大洪水だ。公共交通機関が発達していないので、最も重要な移動手段はオートバイだ。その数はサイゴンだけで850万台。全国では7700万台に達する。
通勤通学だけではなく、客を後部座席に載せるバイク・タクシーも繁盛している。ある時私は、夫婦と幼い子供の4人家族がオートバイに乗っているのを見た。サイゴンの路上は、オートバイの洪水のために騒音が物凄く、大気汚染が著しい。バイクの波が途切れないので、横断歩道がない場所では道をなかなか渡れない。信号機がないある交差点では、あらゆる方向からオートバイ、スクーター、バス、乗用車が入ってきたために、身動きが取れない状態になっていた。歩道を走るオートバイも見た。青信号で横断歩道を渡っている時にも、右折または左折するバイクが猛スピードで突っ込んでくるので、歩行者には危険極まりない。ベトナムで起きる交通事故の約70%にはオートバイが絡んでおり、バイク事故による死者は毎年1万人を超える。
だがこのバイクの洪水が、この国のダイナミックな経済成長の象徴であることは間違いない。(つづく)
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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