Advertisement Advertisement

コンテンツ

新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】サイゴンの街角から(6)マングローブの密林を行く

SHARE

 ベトナム南部の大都市サイゴン(ホーチミン)から南東約50キロメートルの方向に車で揺られること約1時間半、モーターボートで約1時間。私は「カン・ゾ自然保護区」に到着した。
 広さ704平方キロメートルの自然保護区は、ロンタウ川など大小の河川が入り組んだ熱帯樹林である。特に東南アジアに多いマングローブの密林があることで知られている。見晴らし台から見ると、蛇行した川を除けば、見渡す限りジャングルである。
 私は船着き場でモーターボートから降りて、船頭がこぐ小さな舟に乗り換えた。川の水は泥水のように見える。どんよりと濁っており、何がひそんでいるかわからない。
 マングローブの林を構成するのは、日本語でオヒルギと呼ばれる、熱帯だけに育つ独特の樹木だ。この木は、海水と淡水が混ざった汽水(きすい)をたくわえた川や海の浅瀬を好む。オヒルギの特徴は、木の幹の水面に近い部分から、無数の太い根が枝のように生えていることだ。根は、木を支える支柱のようにも見える。この太い根は、呼吸根と呼ばれる。オヒルギが生息するカン・ゾ地区のような水域では、水に泥が混ざっていることが多いので、オヒルギは水中では十分に空気を吸収できない。そこで無数の根を水面の上に出して、「呼吸」するのだ。
 私の乗った舟は、静かに茶色の水面を滑っていく。周囲はオヒルギばかりだ。たくさんの水分を含んだ湿度が高い空気はねっとりとしており、かきわけられるかのように重い。
 時々、木の上から長さ15センチくらいの棒のような物が水中に落ちて来て、ぽちゃりと音を立てる。これはオヒルギの細長い果実で、水に落ちると、泥の中に刺さって、そこから新しい木に成長するための芽が出て来る。確かに、泥のあちこちに棒のようなものが刺さっており、緑色の若葉も顔をのぞかせている。一族を絶やさないようにするための、執念深いまでの生命力に圧倒される。
 ベトナム人の船頭が、木の上の方の枝を指さした。そこには、大きな黒いコウモリが数匹ぶら下がっており、つばさを休めていた。夜間の飛行に備えて、昼寝をしているのだろう。日本のコウモリとは違って、遠くからでもかなり大きく見えた。
 カン・ゾ地区は2000年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)によって、生物圏保護区に指定されている。
 オヒルギの幹から突き出ている多数の根のために、密林は歩きにくい。ここで戦った米軍、ベトコンの兵士たちも行軍の際には苦労したに違いない。(つづく)
 (文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

SHARE