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新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】サイゴンの街角から(7)南ベトナム崩壊!旧大統領府にて

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 サイゴン(ホーチミン)の中心部を歩いていると、木が茂った公園のような一角があるのに気がついた。鉄の柵に囲まれた敷地の真ん中に、白亜の横長の建物がある。ベトナム国旗がたなびいている。この建物は、1962年から75年まで南ベトナム大統領府として使われた。統一会堂と呼ばれる建物は、市民に公開されており、大統領執務室や南ベトナム高官と米国政府の代表らが使った会議室などを見ることができる。
 元々この場所には、フランス政府が1873年に建設したネオ・バロック様式の豪壮な洋館があった。この建物は、フランスが植民地ベトナムを統治する中枢として使われ、総督の住居もあった。19世紀に撮影された写真を見ると、パリの建築物を連想させる優美な建物だったことがわかる。1954年にフランス政府はこの建物を南ベトナム政府に引き渡し、ここにはゴ・ディン・ジェム大統領の執務室や住居が置かれた。だが62年に南ベトナム空軍のパイロットがジェム大統領を暗殺するために、この建物に爆撃を加えた。大統領は無事だったが建物は著しく破壊された。このため南ベトナム政府は62年に同じ場所に近代的な大統領府を建設した。
 この建物を世界的に有名にしたのは、75年4月30日の午前10時45分に撮影された映像だ。この日、サイゴンに侵攻した北ベトナム軍のT54型戦車が、大統領府の鉄の門を突き破って前庭に突入した。戦車には北ベトナムの国旗が掲げられており、AK47型自動小銃を持った兵士たちが乗っている。サイゴン陥落と、南ベトナム政府の瓦解、米国のベトナム戦争における敗北を象徴する歴史的な一瞬だ。北ベトナム軍の兵士たちは、南ベトナム側の抵抗にも遭わないまま、大統領府を占領した。
 今日の旧大統領府には、戦争の痕跡はほとんど残っていない。当時を思い起こさせるのは、庭に置かれたT54型戦車だけだ。この戦車は、50年前に鉄の門を突破した2両の戦車のうちの1両と同じ型である。大統領府への一番乗りを果たした2両の戦車(843号車と390号車)は、ベトナム政府から「国の宝」に指定され、ハノイの軍事博物館に展示されている。2両のうち1両はソ連製、もう1両は中国製だった。これらの国々は北ベトナムを支援していた共産主義国である。
 戦車が「国宝」に指定されるのは珍しい。北ベトナムの人々にとっては、この2両の戦車は単なる鉄の塊ではなく、約20年間続いた苦しい戦争に勝ち、南北ベトナムを統一したことを象徴する存在なのだろう。(つづく)
 (文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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