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新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】電力税を甘く見た首相

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 ドイツでは、電力を1キロワット時使うごとに電力税が2.05ユーロセント(3.49円、1ユーロ=170円換算、以下同じ)かかる。この税金に関心を持っている人は少ない。だが、今年6月には、この税金が大きな政治問題になった。きっかけは、メルツ政権が6月24日に発表した連邦予算案の中の「電力税の引き下げは、製造業、農業、林業に限る」という一文だ。商工業やサービス業を営む人は、この一文を見て驚いた。
 その理由は、メルツ政権が4月9日に公表した連立協定書の中で、「国民全員のために、電力税を2.05ユーロセントから0.05ユーロセントに引き下げる」と約束していたからだ。引き下げを受けられなくなった市民や商工業界から「公約違反だ」という怒りの声が上がった。
 政府が電力税の引き下げ対象を減らした理由は、財源不足だ。全ての消費者の電力税を減らすと、59億ユーロ(1兆30億円)税収が減る。引き下げを製造業、農業、林業に限ると、税収減は37億ユーロ(6290億円)で済む。メルツ政権は電力税削減が財政に与える影響を事前に分析せずに、連立協定書の中で国民全員への引き下げを約束したのだ。
 メルツ首相は、「財源が十分でない場合に、連立協定書の内容を実行できないのはやむを得ない。他の方法によって電力料金負担を減らしたい」と釈明した。
 だが、商工業界やサービス業界の怒りは収まらない。ドイツ商工会議所は「電力税が全ての企業・家庭に対して当初の約束通りに引き下げられていたら、あるホテルでは毎年1万ユーロ(170万円)、ショッピングセンターでは毎年20万ユーロ(3400万円)、データセンターでは毎年100万ユーロ(1億7000万円)節約できるはずだった」と批判した。決して小さな金額ではない。
 メルツ首相の失敗は、電力税問題を軽視したことだ。彼はある会合で「首相の歴史上の業績は、電力税で左右されるものではない」と語っている。だが、ふたを開けてみると、野党だけではなく、彼が率いるキリスト教民主同盟(CDU)の幹事長や院内総務たちも、公約破りを批判した。
 この国では、「メルツ首相は経済通と言われていたが、トランプ大統領との会談、カナダでのG7サミット、ハーグでのNATO首脳会議、ブリュッセルでのEU首脳会議など、外国に出張してばかりだ。国内の経済問題をおろそかにしている」という批判が出ている。ドイツの論壇は、「電力税をめぐる公約破りは、メルツ政権にとって最初の重大なつまづきだ」と指摘している。「たかが2セント」と考えるのは禁物だ。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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