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【新ヨーロッパ通信】メルツ政権の正念場は社会保障改革
メルツ首相が企業競争力を本格的に改善しようと思った場合に、避けて通れないのが、社会保障制度の抜本的な改革だ。
ドイツ経営者連盟(BDA)によると、2025年のドイツの社会保険料の平均賃金に対する比率は41.9%。BDAは、この比率が30年に46.3%に達すると予想している。ドイツでは企業が社会保険料の約半分を負担する。したがって、社会保険料の増加は労働費用を押し上げ、企業の収益力・競争力に悪影響を与える。
また、経済協力開発機構(OECD)によると、ドイツの税金と社会保険料の国民所得に対する比率(国民負担率)は、24年の時点で47.9%。日本の32.6%、米国の30.1%を大きく上回る。
社会保険支出はドイツの財政を圧迫している。メルツ政権は今年8月6日、31年まで公的年金の支給額の水準を平均賃金の48%に維持する「公的年金パッケージ法案」を閣議決定した。この国の公的年金の支出額は、25年の3944億ユーロ(67兆0480億円、1ユーロ=170円換算、以下同じ)から、29年には4763億ユーロ(80兆9710億円)に20.8%増える。保険料率の伸びを抑制するために、公的年金は連邦予算によって補てんされている。
経済専門家評議会に属するニュルンベルグ大学のグリム教授は今年8月、「ドイツの労働費用のうち、社会保険料が占める比率は今でも高過ぎる。31年まで公的年金の水準を維持することは難しい。社会保険支出を減らす努力をするべきだ」と警告した。
今日の状況は、1998年から2005年まで首相だったシュレーダー氏の時代に似ている。当時も社会保険料の賃金に対する比率が高くなったために、企業が雇用を増やせなくなり、失業者数が約480万人に達した。シュレーダー氏は03年に、社会保障制度と労働市場にメスを入れて、社会保障支出の削減を試みた。この結果、企業の競争力が改善し、16年後に失業者数は半減した。しかし、シュレーダー氏の改革は、社会保障サービスを減らしたために所得格差が拡大し、彼は05年の総選挙で敗北して政界を去った。
メルツ氏が属するキリスト教民主同盟(CDU)のリンネマン幹事長は今年8月、「われわれが必要としているのは、シュレーダー氏の勇気だ」と述べ、当時と同じように社会保障制度にメスを入れて労働費用を引き下げる必要があると訴えた。
ただし、社会保障の切り詰めは、政権党の人気を減らして選挙での敗北につながる危険が高い。極右政党AfDの支持率はじりじりと上昇して、第2党だ。私には、メルツ氏がシュレーダー氏ほど大胆な改革に踏み切るとは思えない。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92