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【新ヨーロッパ通信】元日出勤の思い出
私は元日にも原稿を書く。1月1日は、私にとっては特別な日ではない。私は1982年から90年までNHKの記者として働いた。上司から「記者には、正月も週末もない」と叩き込まれた。この言葉は私の脳に刻み込まれた。
私の初任地はNHK神戸放送局だった。ここでは、新人記者が元日に支局で泊まり勤務をするしきたりになっていた。警察署や消防署に数時間おきに電話を入れて、事件事故が起きていないか尋ねる。大事件が起きたら、他の記者やカメラマンをポケットベルで呼び出す。
私は記者として採用され、原稿を書いたり現場レポートをしたりするのが主な仕事だったが、動画の撮影も好きだった。83年の元日も泊まり勤務だった。この日の朝に、16ミリフィルムのカメラを持って、神戸港に面したポートピア・ホテルの屋上にのぼり、初日の出を撮影した。
デスクから「神戸港の初日の出をニュースに出したいのだが、プロのカメラマンたちは元日に出勤したがらない。おまえが撮影しろ」と言われた。
私に思わぬチャンスが転がり込んできた。木と鉄でできたドイツ製の重い三脚に、フィルムカメラを取り付けて撮影した。私が撮影した神戸港の初日の出の動画は、近畿地方のローカルニュースで放映された。三脚は、タクシーの運転手さんが担いでくれた。
自分が撮った映像に合わせて原稿を書くのは楽しかった。当時は映像を神戸局から大阪局に伝送する設備がなかった。このため、撮影したフィルム入りの缶を封筒に入れて、阪神電車で三宮駅から梅田駅に送り、梅田駅からバイク便で大阪局に届けていた。なんとアナログでのどかな世界だったことか。
泊まり勤務の時には、事件事故など発生ものがあるとフィルムカメラ(のちにビデオカメラ)を持って現場に出動できた。当時から私は映画が好きだった。
ある時、日曜日の暇ネタで、農産物の収穫・出荷を取材した。ベルトコンベアーの上を農産物が流れてくるところを、カメラを手前のアップから上に向けて、作業をしている人々が入るように撮影した。このカットは、神戸局のプロのカメラマンにほめられた。ほめられると、ますますやる気が出る。
地方支局では人手が少ないので業務の細分化が進んでおらず、何でもやらなくてはいけない。カメラマンの数が多い大阪放送局や、東京の本部ではこうはいかない。これは地方支局で記者として働くことの醍醐味の一つだった。NHK記者稼業は重労働が多いつらい仕事だが、面白い仕事でもある。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92
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