早期退職の光と影
大半のドイツ人は、一日も早く会社勤めから足を洗って、悠々自適の年金生活に入ることを夢見ている。シニア向けパートタイムなどの制度を使って、60代前半で会社勤めから卒業する人は珍しくない。ドイツの公的年金の支給開始年齢は67歳。年金支給額が減っても、65歳に達する前に仕事を辞める人が多い。
ドイツでは、60代後半、70代前半になっても働くことについて、一般的なイメージはよくない。「かわいそうに」とか「あの人はお金に困っているので、いつまでも働いているのだな」と思われる。
ドイツでは、若いうちにたんまりお金を稼いで、50代後半で年金生活に入る人が時々いるが、そういう話を聞くと皆うらやましがる。「金稼ぎをする必要がない身分になった人」と見られるからだ。私の周囲でも、何人かそういうラッキーな人がいる。
だが、早期退職がハッピーなことばかりかというと、そうでもない。ドイツのパダボルン大学のヘンドリク・シュミッツ教授は、米国とドイツで約10万人に対して記憶力テストを行った。彼が今年2月に発表した研究結果によると、60代前半で早期退職して年金生活に入った人は、70歳前後で年金生活に入った人に比べて記憶力の衰えが早かった。老化によって記憶力が衰えるのはやむを得ないが、早期退職制度などによって早く仕事を辞めると、記憶力の減退に拍車がかかるというのだ。また、早期退職の道を選ばずに70歳前後まで働いた人も、仕事を辞めると記憶力が大きく減退した。
シュミッツ教授は「脳は筋肉と同じで、使わないと衰える。仕事によって脳を常に働かせている人の方が、記憶力の衰えが始まるのが遅くなる」と語っている。教授によると、職場に行かなくなって、家族以外の人々との社会的な接触が減ることで、記憶力の減退が早まるという。
つまり、会社に行かなくなってからも、脳を使う活動を続けた方が良いということだ。突然仕事を辞めるのは精神にも身体にも良くない。あるドイツ人会社員は、年金生活に入り、会社に来なくなった途端に不治の病で亡くなった。ある重役は、「明日から年金生活」という日に、オフィスで片づけをしている時に心臓発作を起こして亡くなった。人生とは、なかなかうまくいかないものだ。
あるドイツ人税理士は、70歳を超えても現役だ。休暇の時にはサイクリングをしているので痩せている。何歳になっても頭と身体を使うことが、元気の秘訣(ひけつ)であるようだ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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