独で兵役義務をめぐる議論
ロシアのウクライナ侵攻以降、ドイツでは兵役義務に関する議論が行われている。
第二次世界大戦後の西ドイツでは、ソ連との戦争の危険があったために兵役義務が導入された。1980年代のドイツでは、「軍隊へ行くのは嫌だ」という声を若者たちからよく聞いた。朝4時に起床し、小銃を含む完全装備で10キロのマラソン。真冬に雪の中にテントを張って野営させられる。
兵営には意地悪い鬼軍曹がいて、兵士たちをしごく。いじめも横行した。風邪をひいて熱があるのに医務室へ行かせてもらえず、訓練に駆り出される。大学へ行く予定の勉強好きの若者たちは、「軍隊へ行くと頭が悪くなる」とこぼしていた。
私の知っているあるドイツ人も、軍隊が嫌いだった。そこで彼は、連邦軍のMAD(防諜機関)で働く父親のコネを使って、兵役を免除してもらった(これは本当に噴飯ものである)。
ドイツは2011年に兵役義務を廃止した。ソ連が崩壊し東西冷戦が終わったので、ドイツが侵略される危険が低くなったからだ。
だが、ロシアのウクライナ侵攻によって、地政学的な状況が一変した。ロシアの侵略戦争がウクライナで止まる保証は全くない。万一、将来ロシアが北大西洋条約機構(NATO加盟国)を攻撃した場合、ドイツも同盟国の一員として戦わなくてはならない。
昨年6月にシュタインマイヤー大統領は「若者を1年間にわたり、兵役か社会福祉業務(介護業務など)につかせる社会奉仕義務を導入するべきだ」と提唱した。ピストリウス国防大臣も、「兵役義務を廃止したのは間違いだった」と発言。キリスト教民主・社会同盟もこの提案を支持している。
これに対しリントナー財務大臣は「働き手の不足が深刻化している中、1年間にわたって若者を兵役か介護に縛り付けることは許されない」と強く反対している。昨年行われた世論調査によると、回答者の70%が社会奉仕義務の導入に賛成している。
スウェーデンも兵役義務を廃止していたが、ロシアのクリミア併合後、復活させた。ソ連と戦って国土を一部占領されたフィンランドは、東西冷戦の終結後も兵役義務を廃止しなかった。フィンランド人には、ソ連(ロシア)の恐ろしさが身に染みているのだ。
万一、将来欧州での安全保障状況がさらに悪化した場合、ドイツでの兵役義務の復活は、(残念ながら)時間の問題だと思う。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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