ワグネル反乱の謎(下)
6月24日にロシアで発生した武装蜂起で、民間軍事会社ワグネルの戦闘部隊はロシア軍の抵抗をほとんど受けないまま、一時首都モスクワまで200キロの地点まで迫った。ロシア軍は精鋭部隊の大半をウクライナ戦線に張り付けているために、首都モスクワをワグネル部隊から守れる状態にはなかったのかもしれない。そうだとすれば、ロシア国内の防衛態勢・治安態勢は驚くほど手薄だということになる。
今回の事件でワグネルのプリゴジン代表は、プーチン政権が実は「張子の虎」であることを証明した。これまで盤石と見られていたプーチン大統領の支配体制が、脆弱であることが明らかになった。
さらに、今後ロシア軍の中では動揺が広がり、内部から弱体化が始まる。プーチン大統領と秘密警察・連邦保安庁(FSB)は、軍幹部たちがワグネルの反乱の際にどのような行動をとったかについて、ロシア軍内部で厳しい査問を始める。この反乱については、わかっていない部分が多い。
例えば、ロストフに駐留していたロシア軍は、なぜワグネル部隊と戦わずに、ロストフの司令部をあっさりと明け渡したのか?なぜワグネル部隊は制空権を持っていないにもかかわらず、ロシア軍の戦闘ヘリなどに攻撃されずに、モスクワまで200キロの地点まで進撃できたのか?ワグネル部隊はロストフのロシア軍司令部を占拠している間に、どのような文書やデータを入手したのか?
ワグネル部隊の兵力は公称2万5000人。わずか1個師団である。数においてはロシア軍の敵ではない。その小部隊が、なぜプーチン大統領の喉元に匕首を突き付けることに成功したのか。ロシア軍幹部たちは、プーチン大統領とFSBのこうした問いに答えなくてはならない。
疑わしい行動を取った幹部は降格、または処罰されるだろう。これによって、ウクライナ戦争で低くなっているロシア軍の士気はさらに下がる。第二次世界大戦で独ソ戦が勃発する前、ソ連軍はスターリンの大粛清によって弱体化していた。優秀な将校たちが多数処刑された。独ソ戦の開始後、当初ソ連軍が総崩れになった原因の一つも、スターリンによるパージだった。ウクライナ軍にとって、ロシア軍内部の動揺と士気の低下は有利になる。「ワグネルの乱」は、プーチン大統領が無敵の独裁者ではないことを示した。この謀反は、プーチン帝国の終わりの始まりとして、歴史に残るかもしれない。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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