ボスニア分裂の危機?
ボスニア・ヘルツェゴビナ(BH)は、行政機構が世界で最も複雑な国の一つと呼ばれる。BHは、国連が指名する上級代表の管理下に置かれている。上級代表は、ボスニア内戦を終結させた1995年のデイトン合意の産物で、いわば国際社会が送り込んだお目付け役である。上級代表は、部分的に行政権を持つ。現在はクリスティアン・シュミットというドイツ人がこの役職に就いている。
さらに同国は、主にボスニア人(大半がイスラム教徒)とクロアチア系住民が住むBH連邦と、主にセルビア系住民が住むスルプスカ共和国に二分されている。BH連邦には国民の約65%、スルプスカには約35%が住む。BH連邦には10の県があり、全ての県が立法権・行政権を持つ。
ボスニア内戦では、主にセルビア系住民とボスニア・クロアチア系住民が戦った。私は今回初めて、車でスルプスカへ行ってみた。BH連邦とスルプスカの間に国境はない。しかし、キリル文字で「スルプスカへようこそ」と書かれた大きな看板が立っている。内戦中に多数のイスラム教徒を殺害し、戦犯としてハーグの国際司法裁判所から有罪判決を受けた、セルビア系武装勢力の指導者ムラディチ元将軍を称えるポスターを見た。ムラディチ元将軍は終身刑に服している戦犯だが、スルプスカではそのような人物が英雄視されているのだ。また、ウクライナに侵攻したロシア軍の車両に書かれていた「Z」マークが、道標などに落書きされている。
スルプスカの最高指導者ドディク大統領は、同地域をBHから独立させて、セルビアと合併することを望んでいる。ドディク大統領は親ロシア派で、BHがウクライナ侵攻についてロシアに制裁措置を実施することに反対した。スルプスカの「国旗」は、上から赤・青・白で、ロシア国旗(上から白・青・赤)に酷似している。
ドディク氏は、国際社会が送り込んだ監視役であるシュミット上級代表とも対立しており、「シュミット上級代表がスルプスカに足を踏み入れたら、逮捕してBHに強制送還する」と発言したことがある。
今回サラエボで話をしたボスニア人のジャーナリストは、「ドディク大統領は本気でBHから離脱しようと考えている。将来BH連邦とスルプスカの間で武力衝突が起きる可能性もある」と語っていた。
90年代に多くの人命を奪った旧ユーゴ内戦にもかかわらず、いまだに狂信的な民族主義にかじりついている人々がいる。ボスニア分裂の可能性はゼロではない。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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