ドイツとイスラエルのジレンマ(上)
イスラエル対ハマスの戦争では、人権重視国家ドイツがジレンマに苦しんでいる。ショルツ政権はナチスによる犯罪への反省からイスラエルを全面的に支持している。だが、ドイツ政府はイスラエルのガザ地区での砲爆撃によりパレスチナ市民の間に2万9000人を超える死者が出ていることについては、強い批判を避けている。米国や一部の欧州諸国の学者たちからは、この態度を疑問視する声が出ている。
昨年10月7日に、ガザ地区を実効支配するハマスの戦闘員らがイスラエル南部のキブツ(集団農場)や野外音楽祭の会場などを急襲し、ユダヤ人や外国人1139人を殺害した(市民766人と警察官ら373人)。殺された市民のうち36人が子どもだった。ハマスはイスラエル人や外国人約250人を拉致してガザ地区に連行した他、イスラエルに向け数千発のロケット弾を発射した。今も130人以上がガザ地区で監禁されている。
イスラエルは1948年の建国以来、数多くの戦争を経験してきたが、敵の戦闘員が民間人の住宅に押し入って1000人を超える市民を殺したり拉致したりするという事件は一度もなかった。第二次世界大戦中のホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺)以来、最悪の被害だった。イスラエルのネタニヤフ首相は10月7日に戦争状態への突入を宣言。ハマスの軍事部門の壊滅と人質の解放を目指して、砲爆撃と地上部隊の投入によるガザ地区への攻撃を開始した。
この時ドイツ政府は素早くイスラエル支持の姿勢を打ち出した。オラーフ・ショルツ首相(社会民主党)はハマスによる越境攻撃の翌日の10月8日、「われわれはイスラエル側に立つ。私はネタニヤフ首相と電話で会談し、強固な連帯と支援を約束した」という声明を発表した。ショルツ首相は「ハマスの戦闘員たちはイスラエル人の家に押し入り、子どもも含め市民を無差別に殺害し、ガザ地区に連行して人質にした。その行為は野蛮であり、われわれを憤激させる。このような所業を正当化するものは何もない」と述べハマスを厳しく非難した。
ショルツ首相はガザ戦争に関する一連の発言の中で、「イスラエルの安全を守ることはドイツの国是だ」と語った。この言葉の背景には、ナチス・ドイツが1930年から1940年代にかけて、当時欧州に住んでいた約1100万人のユダヤ人の抹殺を計画し、強制収容所などで約600万人を殺害したことに対する、ドイツ人の反省と謝罪の意がある。
(つづく)
(3月1日現在)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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