ドイツの労働組合は忖度しない(下)
ドイツ労働組合連盟(DGB)は1955年に「週40時間で十分だ」というキャンペーンを開始した。
この結果、1950年代後半から60年代にかけて週労働時間を40時間とする業界が次々と現れ、70年代の半ばには週休2日制が定着した。さらに94年に施行された労働時間法によって、会社や役所などで1日当たり10時間を超える労働は禁止された。組織的に社員を毎日10時間を超えて働かせていた経営者は、罰金を含む刑事訴追の対象となる。監督官庁は時々企業で抜き打ち検査を行う。また、63年には「連邦休暇法」が施行され、企業経営者は社員に毎年最低24日間の有給休暇を取らせることを義務付けられた。今日では大半の企業が社員に30日の有給休暇を与え、完全に消化させている。
この結果、ドイツは世界で最も時短が進んだ国の一つとなった。経済協力開発機構(OECD)によると、2022年のドイツの労働者1人当たりの労働時間は1340時間で、OECD加盟国の中で最も短かかった。日本(1607時間)よりも267時間短い。22年のドイツの労働生産性(労働者1人当たりが1時間に生むGDP)は68.6ドルで、日本(48ドル)を43%上回っている。
さらにわれわれ日本人に衝撃を与えたのが、過去の賃金水準の推移である。OECDが1995年から26年間に各国の平均賃金がどのように変化したかを比べた統計によると、ドイツでは95年から2021年までに賃金が68.2%上昇した。日本の賃金水準は同時期に3%減った。ドイツの賃金水準の上昇は、労働組合がストライキという「武器」をちらつかせながら経営側に譲歩を迫った結果だ。ドイツの労働組合関係者は、「ストライキで圧力をかけない労使交渉には意味がない」と断言している。
ドイツの労働組合は列車や旅客機の利用者にも忖度しない。個人主義、サービスレベルの低さという日本とは全く異なる国民性がある。ドイツ人は人に迷惑をかけたくないという理由で泣き寝入りしたり我慢したりする傾向が少ない。市民は通勤に支障が生じても、ストには比較的理解を示す。ただ、ある医師は、「列車の運転士や飛行機の乗務員には交通を止めるという強硬手段がある。だが、医療関係者がストを行っても、彼らほどの影響力はない」と不満をあらわにしていた。
23年のドイツの国内総生産は、不況のために0.3%減った。マイナス成長でパイが小さくなる中、自分たちの取り分を増やすための労働組合の戦いは、今後さらに激しくなるかもしれない。通勤客・旅行客には頭が痛い時代だ。
(文.絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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