東西ドイツの心の壁は消えず
昨年、旧東ドイツ人の大学教授が出版した1冊の本が、東西ドイツ間の関係について議論を巻き起こした。彼は「ドイツ統一から30年以上たった今も、旧東ドイツ人は旧西ドイツ人から軽蔑され、差別されている」と告発した。ライプチヒ大学の言語学者ディルク・オシュマン氏が書いた『西ドイツがでっち上げた東ドイツ』という本だ。昨年5月に週刊誌シュピーゲルのベストセラーリストで、一時ノンフィクション部門の首位に立った。
この本は、社会主義時代の東ドイツを経験した後、統一後の変化に深く失望した一市民の怒りと絶望の記録である。オシュマン氏は「統一以来、われわれ旧東ドイツ人が経験してきたのは、旧西ドイツ人による個人的、集合的な侮蔑と辱めの30年間だった。ドイツのメディアは旧西ドイツ人に支配されており、旧東ドイツについては悪いことばかり報道するか、笑いものにしている。旧東ドイツ人は過小評価されているばかりではなく、ドイツ社会から締め出されている」と批判する。
オシュマン教授によると、報道機関は旧東ドイツ人について「弱虫で醜く、愚かで、怠惰で、能力がなく、悪趣味で、奇妙な振舞いをし、外国人を嫌い、国粋主義的でナチスの思想を信奉する人々」というイメージを与えている。
私自身、ドイツに住んできた過去34年間に、「旧東ドイツ人は、旧西ドイツ人に差別されている」と感じてきた。例えば、公的機関の統計では、旧東ドイツはしばしば「参入した地域」と呼ばれる。役人たちが、東西ドイツが対等な国同士の統一ではなく、旧東ドイツがドイツに「加わった」と見なしていることを示す。
旧東ドイツ人たちは、給料でも差をつけられてきた。1990年代にドイツ人の外交官から、「公務員の給料には、旧東ドイツ出身者向けの低い給与体系(オストタリフ)がある」と聞かされて驚いた。
2022年の旧西ドイツの製造業・サービス業で働く人の平均年収は5万6000ユーロ(896万円、1ユーロ=160円換算、以下同じ)だったが、旧東ドイツでは21.4%少ない4万4000ユーロ(704万円)だった。統一後、旧東ドイツの高齢者に支給された公的年金の支給額は、旧西ドイツよりも少なかった。支給額の差はドイツ統一から33年たった23年7月まで解消されなかった。
この差別感は、旧東ドイツの多くの州で極右政党への支持率が高いことにもつながっており、深刻な問題だ。国の分断によって生じた心の壁を壊すのは、容易なことではない。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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