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CO2削減と人権めぐる訴訟で原告勝訴

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 欧州人権裁判所(ECHR)は4月9日にスイスの環境保護団体の訴えを認め、「政府が地球温暖化の影響軽減のための努力を怠ることは人権侵害にあたる」とする画期的な判決を下した。同判決は他の地域での環境訴訟にも影響を与えそうだ。
 この訴訟では、スイスの環境保護団体「クリマ・ゼニオーリネン(「気候に関心を持つシニア女性たち」の意味)と4人のスイス人女性たちが、ECHRに対して、「スイス政府が温室効果ガス(GHG)削減へ向けた十分な努力を行っていないために、われわれ市民は健康的な生活を送る権利を損なわれている」と主張し、人権侵害の認定を求めて訴えていた。1959年にストラスブールに創設されたECHRは、欧州評議会に属する46カ国(スイスも含む)の市民からの人権侵害に関する訴えを審理する国際裁判所だ。
 ECHRは判決の中で、「スイス政府のGHG削減のための措置は不十分であり、これまでGHG削減目標も達成していない」として、原告団体の主張を認めた。裁判官たちは「欧州人権条約の第8条は、市民と家族の生活を守る義務を明記している。この条文に照らすと、政府は地球温暖化が生命の安全、健康、生活の質に及ぼす悪影響を軽減することを義務付けられている。しかし、スイス政府は、カーボン・バジェット(GHG排出量の上限値)の設定や排出量削減のための法的枠組みの策定など、市民の健康を守るために必要な努力を怠っている」と指摘した。欧州の国際裁判所が地球温暖化の悪影響が少ない気候を享受する権利を人権の一部と認めたのは、今回が初めてだ。
 ただし、ECHRは環境保護団体の原告適格性を認めたものの、4人の原告については「欧州人権規約が定める被害者にあたらない」として、適格性を認めなかった。ECHRに対しては他にもフランスなどの市民が地球温暖化による悪影響をめぐり政府を相手取った訴訟を起こしていたが、裁判官たちは原告適格性を認めず、訴えを退けた。
 ドイツのポツダム気候影響研究所のオットマー・エーデンホーファー所長は「今回の判決は、初めて気候変動による影響の軽減に関する政府の責任問題を明らかにした。裁判所が不十分な気候政策を人権侵害と認定したことは画期的だ」と高く評価した。
 国連環境計画(UNEP)が昨年7月に公表した報告書によると、2017年には世界で提起されていた気候保護訴訟の数は884件だったが、23年には2180件に増えた。今後、各地の気候保護訴訟でECHRの判決が判例として使われることは確実だ。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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