リモート会議とスパイ
今年3月上旬、ドイツ連邦軍の幹部たちは、ロシアの国営放送局がインターネット上で流した映像と音声を見て度肝を抜かれた。ロシアがドイツ空軍の幹部4人の打ち合わせの内容を暴露したのだ。彼らは国防大臣に対して巡航ミサイル・タウルスについて説明する前に、約30分にわたってリモート会議を行った。その内容がロシアの諜報機関によって盗聴・録画され、公表されてしまった。
ロシアのスパイはこの会議に参加するためのパスワードを入手して、秘かに会議に「参加」したのだ。われわれは日常的にリモート会議を行っている。だが、今回の盗聴劇によって、スパイたちが情報を盗もうとしたら、簡単にリモート会議の内容を入手できることが明らかになった。連邦軍の将校たちは、デリケートな内容のリモート会議を行うのに、傍受不可能な回線を使っていなかったのだろうか。ビジネスパーソンの皆さんは、機微な内容はリモート会議で話さないようにした方が良いかもしれない。
さて、今回公開されたリモート会議の内容には、ドイツのショルツ首相にとって都合の悪い情報が含まれていた。ショルツ首相は、タウルスのウクライナへの供与を拒んでいる。その理由として首相は、「タウルスを実戦で使うには、ドイツ連邦軍の兵士がウクライナに行ってプログラミングを行わなくてはならない。これはドイツ兵をウクライナに派遣することになる」と主張。つまり首相は、ドイツ兵をウクライナに送ることで、ロシアから「ドイツは戦争の当事国」と見られることを恐れていたのだ。
だが、ロシアが公表した通話内容の中で、空軍幹部たちは「タウルスのプログラミングはドイツで行える。兵士をウクライナに送る必要はない」と語っている。つまり、ショルツ首相は連邦軍から正確な情報を伝えられていない可能性が浮かび上がったのだ。
ちなみに、英仏はすでにウクライナに巡航ミサイルを供与しているが、そのプログラミングのために、少数の兵士をウクライナに送っている。英仏は「戦争行為に当たらない」と考えているが、ショルツ首相は「1人でもドイツ兵をウクライナに送ることは、絶対に超えてはならない一線だ」と主張して譲らない。
ロシアは、「ドイツでは、首相と軍の間のコミュニケーションがうまく機能していない」という印象を与えるために、この録画を公開したのだ。デジタル化時代にも「壁に耳あり、障子に目あり」ということわざを忘れてはならない。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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