合成燃料のハードル(上)
欧州連合(EU)は2035年以降、ガソリンやディーゼルエンジンを使う新車の販売禁止を目指している。これに対しドイツ政府と自動車業界は、電力、水素、二酸化炭素(CO2)から作られる合成燃料(Eフュエル)を例外として認めるよう求めている。
ドイツは「合成燃料は大気中のCO2を回収して使う。このため車が走る時に排出されるCO2は相殺されるので気候中立的だ」と主張している。欧州で使われている2億8700万台の内燃機関の中古車に合成燃料を使いCO2排出量を減らすという狙いもある。だが、合成燃料の実用化にはさまざまなハードルが残っている。
昨年12月、EUの行政府・欧州委員会が行った発表は、ドイツ政府・自動車メーカーに衝撃を与えた。EUは「2035年以降、合成燃料を使う内燃機関の車の全バリューチェーンからのCO2排出量を、ガソリンやディーゼル用軽油を使う内燃機関の車からのCO2排出量よりも100%減らすこと」を要求した。つまり、路上を走る時だけではなく、合成燃料の生産や輸送工程から排出されるCO2の量もゼロにしなくてはならない。唯一認められる例外は、合成燃料を貯蔵所から給油所まで運ぶ時に排出されるCO2だけだ。
ドイツの自動車業界では、「EUの要求は、今日の技術では実現不可能だ」という意見が強い。例えば、合成燃料の生産に使われる電力は、風力や太陽光などの再エネ電力でなくてはならないが、ドイツでは再エネ電力を使って合成燃料を生産するとコストが割高になる。このため自動車業界は、生産費用が低い外国で合成燃料を生産して、ドイツに輸送することを計画している。ドイツの自動車メーカー・ポルシェが建設した世界最初の合成燃料のパイロット工場はチリにある。だが、現在のところ、チリからCO2を出さずにドイツに合成燃料を輸送することは技術的に不可能だ。
ドイツ政府は35年の内燃機関の新車販売の禁止に関するEU法案を1年以上もブロックしてきたために、欧州で批判の矢面に立っている。このため政府は、EUの合成燃料に関する要求を受け入れた。合成燃料関連産業のロビー団体「Eフュエル・アライアンス」は、「われわれはドイツ政府が現実的な解決策を選ぶことを希望していた。合成燃料を普及させるには、技術的に実現可能な条件が必要だ」と述べ、今回の合意について失望感を表明した。
EUが技術的に達成困難な条件を付けた背景には、フランスなど合成燃料に反対する国々の意向があったものとみられている。
(つづく)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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