物づくり大国ドイツの危機②
ドイツの製造業界が今苦境に追い込まれている理由の一つは、エネルギー価格の高騰である。製造業界は、この国が輸入する天然ガスのほぼ4割を消費している。物づくり業界が、ドイツ最大の天然ガス消費者なのだ。2022年6月後半にロシアが海底パイプライン・ノルドストリーム1(NS1)を通じた天然ガスの供給量を徐々に減らし始め、8月31日には供給を止めた。東西冷戦中にも起きたことがない異常事態である。このため、欧州の天然ガスの卸売価格は、一時ウクライナ戦争勃発前の約7倍に上昇した。それ以降、卸売価格は徐々に下がっているが、天然ガスの小売価格は今なお戦争前の水準を上回っている。
NS1停止後、ドイツは外国からの液化天然ガス(LNG)に依存するようになったが、LNGの値段は、ロシアのパイプライン経由の天然ガスのほぼ2倍だ。
欧州では電力の卸売価格が天然ガスの卸売価格と連動している。つまり、天然ガスの価格が上がれば電力料金も高くなる。メーカーが工場などで使う電力の価格もウクライナ戦争前に比べて高止まりである。このため、化学、製鉄、製紙、金属加工、ガラス、窯業などの業種は、エネルギー価格の高騰によって苦しんでいる。
24年に入ってイエメンのテロ民兵組織フーシが紅海を通過するコンテナ輸送船などに攻撃を繰り返しているため、中東からドイツへ向かうLNG輸送船は、アフリカの喜望峰を回ることを余儀なくされている。このため輸送費用が上昇し、今後はLNG価格が上昇する可能性がある。今年1月には米国のバイデン政権が環境保護を理由に、新規のLNG輸出許可の凍結を発表した。米国が輸出するLNGのほぼ半分が欧州向けなので、この突然の凍結措置も中長期的にLNG価格を押し上げる可能性がある。天然ガスを多く消費するドイツの産業界にとっては不利な状況だ。
ドイツは第二次世界大戦後、1970年代から天然ガス、石炭、原油など割安のエネルギーをロシアから輸入し、高級車や工作機械など付加価値が高い製品を輸出して国富と雇用を増やしてきた。だが、約50年間成功したこのビジネスモデルは、ロシアのウクライナ侵攻によって深刻な打撃を受けた。エネルギー費用の高止まりは、ドイツの製造業界の国際競争力をボディーブローのように侵食する。この劇的なビジネス環境の変化も、ドイツの景気後退の一因である。
(つづく)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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