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関東大震災とフェイクニュースの恐怖

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 私はドイツに34年前から住んでいる。ここでは一度も地震を経験したことがない。それだけに、日本では夜中に小さな地震が起きても飛び起きる。日本の書店で見つけた吉村昭の「関東大震災」を読んで、この惨事についていろいろと学んだ。
 約10万5000人の死者のうち、約9万人が火災による犠牲者だった。本所の陸軍被服敞跡では数万人が焼死、窒息死または圧死した。いわゆる火災旋風(ファイアー・ストーム)のために、人間だけでなく、荷車を引いた馬車まで空中に巻き上げられ、地面に叩きつけられた。人々が家から持ち出した家財道具や荷物に火がつき、多くの人が焼死または窒息死した。吉原公園では、火から逃れようとして池に飛び込んで溺死した多数の遊女の遺体が池を埋め尽くした。
 さらに私を戦慄させたのは、震災後の人心の荒廃と狂気、そして何よりもフェイクニュース(偽情報)の恐ろしさである。
 横浜で端を発した「朝鮮人が略奪・暴行を行っている」という事実無根のデマは、燎原の火のように関東全体に広がり、各地で朝鮮人虐殺事件を引き起こした。人々は自警団を組織し、鎌、竹槍などで朝鮮人を襲った。警察や公官庁も一時「朝鮮人による略奪」があったと誤解した。多くの新聞がこのデマを事実として報じた。朝鮮人を守ろうとした日本人警察官まで、暴行を受けた。日本人が朝鮮人と間違えられて殺されたケースもあった。死者数については、約200人~約600人と諸説あり、確定していない。
 犠牲者数が何人であれ、多数の朝鮮人たちが偽情報のために命を落としたことは間違いない。私は、日本政府がこの事件についてより詳しい調査を実施して公表し、犠牲者のために追悼行事を催すべきだと思う。
 関東大震災が起きる数年前から、千葉などで群発地震が起きていたことも学んだ。その時、東京帝大・地震学教室の教授と助教授の間で意見が衝突した。助教授は「近い将来、東京など関東地方で大地震が起こる。死者の大半は焼死者だ」と警告した。これに対し教授は「近い将来に東京での大地震は起こらない」と主張し、「デマを流布してはいけない」と助教授を非難した。歴史は、助教授の予測が正しかったことを示した。
 インターネットのためにフェイクニュースの拡散は容易になった。将来の大災害でも、偽情報が氾濫するだろう。万一の時に正しい判断をするためにも、吉村昭の作品は貴重な教訓を与えてくれる。万人に読んでほしい本だ。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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