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関東震災全地域鳥観図絵

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 それは縦26.0センチ、横107.4センチのとても横に長い「絵」だった。まず、目に飛び込んでくるのは画面右側半分の各所が赤い炎と黒々とした煙を高く上げている様子だ。伊豆半島、三浦半島、房総半島を手前に太平洋上から俯瞰している構図の中で、各所で発生している大火と画面左側に大きく描かれている青い富士山との対比が残酷で印象的だった。
 この「絵」は昨年7月に発行された内閣府広報誌「ぼうさい」107号の「特集関東大震災から100年②」の冒頭に縮小されて掲載されていたもので、目にした方も多かったのではないか。その実物を今年7月初めに府中市美術館で催された「 Beautiful Japan 吉田初三郎の世界」展で初めて見ることができたのだった。
 タイトルは「関東震災全地域鳥観図絵」。関東大震災から1年後の大正13年(1924年)9月15日に「大阪朝日新聞」の付録として出されたもので、当時100万部も印刷されたそうだ。吉田は大正から昭和戦後にかけて注文に応じて観光名所や鉄道路線図などをわかりやすい絵にした人気画家だった。子細に見ると、主要駅名や地名と並び「被服廠跡」「平沼スタンダード貯油槽爆発」といった書き込みがあり、相模湾には津波を示唆する同心円の波紋も描かれている。
 吉田初三郎は「大正の広重」とも評され、華やかで楽しい作品が多いが、本作は異色だ。大正時代の平和な日常が突然破綻し炎と煙とともに消えていく。その炎と煙はボストン美術館の平治物語絵巻三条殿夜討巻のあの炎と煙―王朝時代の終焉を暗示する―をも想起させる。もっとも、実際に陸軍被服廠跡で発生した火災旋風は「絵」よりさらに苛烈なものだったのだが。(パテ)

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