フォルクスワーゲン危機が深刻化(下)
フォルクスワーゲン(VW)乗用車部門の不振の原因の一つは、BEV(電池だけを使う電気自動車)の販売台数の低迷だ。背景にはドイツ政府のBEV普及政策の右往左往がある。VWはドイツでBEVシフトに最も力を注いできた企業だ。同社は近年多額の投資を行い、BEVの生産体制を拡張した。エムデンとツヴィッカウの工場では内燃機関を使う車の生産をやめて、BEVに一本化した。
ドイツ政府は2016年からBEVに対する購入補助金の支給を開始。20年からは価格が4万ユーロ以下のBEVを買う市民は、政府とメーカーから合計最高9000ユーロ(144万円)の補助金を受け取れることになった。この政策はドイツで一時的にBEVブームを引き起こした。19年にドイツで新車として登録されたBEVの数は約6万台だったが、23年には約52万台となった。
だが、政府は予算不足を理由に、昨年12月18日に突然、BEV購入補助金を廃止した。23年12月のBEVの新規登録台数は約5万台だったが、24年1月には約2万台に激減した。逆に内燃機関の車とハイブリッド車の新規登録台数が増えた。
もう一つ、VWを追い詰めたのが、中国事業の不振だ。中国はVWにとって単一の国家としては最も重要な市場だ。昨年VWが世界で売った車の約33%が中国で売られた。VW乗用車部門の営業利益率の低さは何年も前から指摘されていたが、VWは中国からの収益によってそれをカバーすることができた。しかし、近年VWの中国でのマーケットシェアは減っている。VWの中国での販売台数は、22年の約312万台から、23年には約307万台へ約5万台減った。VWは08年以来、中国の自動車市場で販売台数において首位にあったが、23年にBYDに追い抜かれた。その理由は、VWが中国の消費者に好まれる割安のBEVの開発に出遅れたからである。中国事業の不振により、VWは国内の低利益率を覆い隠すことができなくなった。
現在ドイツ政府は、VWに対する支援策を協議中だ。内燃機関の車を廃車にしてBEVを買うと6000ユーロの補助金が交付される制度や、購入補助金の復活、産業用電力料金の上限設定などの提案が出されているが、政府は結論を公表していない。
だが、政府の補助金は、急場しのぎのカンフル注射にすぎない。割安で魅力がある製品を開発し国際競争力を高めるには、VW自身が補助金に頼らずに、体質を改善する必要がある。VWが痛みを伴う改革に成功するかどうかは、高い人件費やエネルギー費用に悩むドイツの製造業全体にとっても、重要な試金石になりそうだ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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