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オフショア市場・スイスをめぐる議論

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 私は2024年10月にスイスのチューリヒを訪れた。なだらかな丘に囲まれ、美しい湖に面した人口約43万人の町は、欧州大陸最大の金融センターだ。投資銀行、保険会社、資金運用管理会社などがひしめいている。
 この町で、「スイスは英国に追い上げられている」という話を小耳にはさんだ。富裕層や企業などが居住地以外の国に持っている資金を運用・管理させているマーケットを「オフショア」市場と呼ぶ。スイスは世界最大のオフショア市場だ。
 コンサルタント企業デロイトが10月に公表した「国際資金管理センター・ランキング」という報告書によると、23年にスイスに保管されていた資産額は2兆1740億ドル(326兆1000億円、1ドル=150円換算、以下同じ)で、世界で最も多かった。
 だが、この傾向に変化が現れている。デロイトの報告書によると、23年にスイスに保管されていた資産額は前年に比べて6.1%減った。逆に、世界で2番目に大きいオフショア市場である英国では、保管されていた資産額が前年比で1.4%増えて、2兆1660億ドル(324兆9000億円)となった。
 つまり、英国オフショア市場の資産額が増加しているのに対してスイスでは減っているために、両国間の差は約80億ドルに縮まった。デロイトは「スイスの金融監督当局や金融サービス業界が対策を取らない限り、近い将来スイスは世界最大のオフショア市場で英国に抜かれる可能性がある」と指摘している。
 スイスのクオリティー・ペーパー(高級紙)として知られるノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)は、スイスのオフショア市場としての地位が低下している理由を三つ挙げている。一つは、23年に大手投資銀行クレディ・スイスが窮地に陥り、UBSに吸収されたことだ。NZZは「この出来事はスイス金融市場の信用を傷つけた。多くの顧客が資金をスイスから他の国に移した」と指摘する。二つ目の理由は、22年にスイス政府がEU・米国と歩調を合わせて、対ロシア経済制裁に参加したことだ。このため、一部の顧客がスイスの中立性に疑問を抱き、資金を他国に移した。三つ目は、08年の世界金融危機以降、スイスの金融機関が顧客に関する秘密の保持義務を緩和せざるを得なくなったことだ。その背景には、世界の資金の流れを把握しようとする米国政府の強い圧力もあった。
 NZZは、「スイスの銀行当局と金融サービス業界は、首位を守るために、オフショア市場としての魅力や利点を増やすために努力するべきだ」と述べている。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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