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【新ヨーロッパ通信】ウクライナ停戦交渉・欧州は蚊帳の外(4)

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 ドイツのメルケル元首相は回顧録の中で、「米国のイラク侵攻の時に、独仏は米国を批判し、NATOに亀裂が生じた。私はウクライナにMAPステータスを与えることの是非をめぐる議論が、再び米欧間に亀裂を生む危険も強く意識していた」と述べている。
 メルケル氏がウクライナへのMAPステータスの供与に反対した最大の理由は、ロシアを挑発することへの懸念だった。メルケル氏は「ウクライナの領土であるクリミア半島には、ロシア海軍の黒海艦隊の基地がある。この基地の使用権に関するロシアとウクライナの間の協定は、2017年まで続く予定だった。かつてNATOへの加盟を希望した国の中で、ロシアにとってこれほど重要な軍事拠点を抱えた国はなかった」と記している。  つまりメルケル氏は、ロシアの黒海艦隊の基地がある国にMAPステータスを与えることで、ロシアが激しく反発することを恐れた。彼女は「NATO加盟は、新たにNATOに加わる国の安全だけではなく、NATOの安全も強化しなくてはならない」と言う。つまりメルケル氏は、ウクライナにMAPステータスを与えることが、NATOにとって危険だと考えた。
 ブカレスト会議では、ブッシュ大統領(当時)がメルケル氏の主張を受け入れ、ウクライナにMAPステータスを与えず、共同宣言に「ウクライナはNATOのメンバーになる」という曖昧な一文を加えるにとどめた。ウクライナ政府にとっては、この一文は全く不十分だった。
 メルケル氏は、ウクライナに対するMAPステータス拒否にこだわった理由の一つとして、2007年のミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領が行った警告を挙げている。プーチン氏は「米国による世界の一極支配」と、NATOの東方拡大を強く批判した。彼は1998年のコソボ戦争や2003年の米国のイラク侵攻を例に挙げ、「米国は国際法を破るだけではなく、政治、経済、人権などあらゆる領域で他国の権益を侵している」と述べた。
 メルケル氏は回顧録の中で、「プーチン氏は、ソ連が超大国として、米国と互角の立場で対峙していた時代の復活を夢見ている」と語っている。さらに、メルケル氏はプーチン氏とのある会話も記録している。この時プーチン氏は、「あなたは永久にドイツの首相ではいられない。いつかは首相の座から降りる。そうすればウクライナはNATOに加盟するだろう。私は、ウクライナのNATO加盟を絶対に阻止する」と語った。ロシアのウクライナ侵攻の動機の一つが、ウクライナのNATO加盟の阻止にあることが、浮かび上がってくる。
 (つづく)
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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