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【新ヨーロッパ通信】反リベラル富豪の光と影
イーロン・マスクは、ビジネスの天才である。電気自動車メーカー・テスラを創設し、火星に人間を到達させるための民間ロケット事業を興し、衛星を使ったインターネット・システム「スターリンク」を開発した。彼の個人資産は4500億ドル(約68兆円、1ドル=150円換算)と推定されており、世界で最も裕福な人物だ。
ドナルド・トランプ大統領の選挙キャンペーンを多額の寄付で支援したため、側近として可愛がられている。米国の行政機関の効率を改善する組織の責任者に抜擢された。
だが、彼は外国の政治に干渉する悪癖がある。マスクはSNSツイッターを買収してXと改称。トランプ氏や自分の意見を広めるための「言論機関」として使っている。
マスクは、2024年12月以降、ドイツの連邦議会選挙に干渉した。彼はXで「ドイツを救えるのは、ドイツのための選択肢・AfDだけだ」と断言した。AfDは排外主義を掲げる極右政党だ。そしてAfDのアリス・ヴァイデル共同党首に約70分にわたってインタビューをし、Xで流した。ヴァイデル氏の「ヒトラーは共産主義者だった」「ビル・ゲイツがコロナワクチンの接種を強制した」などの偽情報は、垂れ流しにされた。
マスクは、当時ドイツの首相だったオラフ・ショルツ氏を「愚か者」、当時大統領だったヴァルター・フランク・シュタインマイヤー氏を「暴君」と呼んだ。Xでは、ナチスをたたえる内容の動画がときおり流されているが、規制を受けていない。マスクはトランプ氏の就任後の式典で、右腕を斜め前に突き出す敬礼を行った。ネット上では「ナチス式敬礼だ」という批判が出たが、本人は「古代ローマ式敬礼だ」と主張している。
マスクは、英国の右派ポピュリスト、ナイジェル・ファラージや、イタリアの右派ポピュリスト、ジョージア・メローニ首相にも接触している。彼は、右派ポピュリストの国際的ネットワークを築き上げようとしているかに見える。
富豪にも表現や発言の自由はある。しかし、世界で6億人を超える人が使っているXの所有者が、ドイツにとって重要な選挙の直前に、自分がコントロールするメディアで有権者の心に影響を与えかねない発言を行うのは、正しいことだろうか。
欧州委員会は、マスクがXを使って選挙に介入しようとしたかどうか、特に有権者の投票行動に影響を与えるような形でアルゴリズムを設定したかどうかについて調査している。4億5000万人の人口を持つEUは、米国の前にやすやすと膝を屈しない。
(4月1日現在)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92