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新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】サイゴンの街角から(9)フランス植民地支配の残影

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 フランスは1858年にスペインとともにベトナム中部のダナンを攻撃した。翌年にはサイゴン(今日のホーチミン)が占領されて、フランスによる支配が始まった。この地域は1887年から67年間、フランス領インドシナと呼ばれた。
 サイゴンの旧大統領府とサイゴン川に挟まれた地域には、ベトナムがフランスの植民地だったことを示す建物が残っている。私はこの付近を歩いていて、フランスの小都市を散策しているような錯覚を持った。
 旧大統領府前から、並木道に沿って歩いていくと、二つの尖塔を持つカトリック教会が見えてくる。フランス人たちが1880年に建てたサイゴン聖母教会である。薄茶色の石で作られた聖堂は、セーヌ川のほとりにあってもおかしくない、たたずまいだ。創建時には、ステンドグラスなど大半の建材がフランスから船で運ばれた。
 この教会の近くには、1891年に建てられた中央郵便局がある。クリーム色の壁と、白い浮き彫りが美しい。19世紀末から20世紀初頭に欧州で建てられた郵便局の中には、壮麗な建物が多いが、サイゴンもその例に漏れない。内部は、パリのオルセー駅を思わせる高い丸屋根で覆われている。ここでは郵便だけではなく、電報も扱った。このため内部の壁の所々には、モールス、ボルタ、アンペア、オームなど、電信や電気に関する技術の発展に貢献した人々の名前を書いたプレートが貼られている。壁には、19世紀に作製されたインドシナ半島やサイゴン周辺の地図が貼られている。
 中央郵便局から、サイゴン川へ向かって南東の方向に歩くと、今日のサイゴン一の繁華街に出る。幅50メートルのグエンフェ通りの起点には、高さ30メートルの尖塔を持つ市庁舎がある。フランスの建築家の設計に基づき、1908年に完成した建物で、パリの市庁舎を思わせる豪華な建築様式だ。アーチを持つ回廊が、コロニアル風である。夜にライトアップされると、小さな宮殿のように見える。だが今では尖塔にベトナムの赤い国旗が翻っており、誰がこの建物の主であるかを誇示している。市庁舎前にはホーチミンの銅像もある。
 近くには、1900年に完成したフランス風のオペラ劇場もある。19世紀末から20世紀初めに、フランス人たちはあたかも祖国にいるかのように、この界隈で社交生活を楽しんでいた。だが歴史の歯車は回り続け、1954年のディエンビエンフーの戦いでベトナムに負けたフランスは、アジアから退却した。植民者たちは去り、建物だけが残った。
 (文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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