マリウポリの惨劇(上)
ウクライナ南部のマリウポリは、ロシア軍の攻撃で最も大きな被害を受けた町の一つだ。今年2月22日、独仏共同放送局アルテは、「マリウポリの生存者たち」というドキュメンタリー映画を放映した。この映画は、ロシア軍に包囲されて猛攻を受けた町で何が起きていたかを、市民たちが携帯電話で撮影した映像とインタビューで構成している。
自宅をロシア軍の砲弾に直撃されて夫を殺された女性。幼い子どもと製鉄所の地下に避難し、1カ月半を過ごした女性。その間、夫はウクライナ軍のアゾフ連隊に加わってロシア軍と戦い、狙撃兵に撃たれたが一命をとりとめた。
ロシア軍は、軍事目標ではない民間施設も攻撃した。マリウポリの産院の中庭では、ロシア軍のミサイルが炸裂した。ある妊婦は重傷を負って病院に担ぎ込まれた。妊婦は手当てをしようとする医師に対し「これ以上生きていたくないから治療しないでくれ」と懇願した後、息を引き取った。胎児も死亡した。
人々は絶えず落下する砲弾とミサイルのために不安と恐怖に打ちひしがれ、パニック発作に襲われる。暖房はおろか電気もガスも水もない暮らし。多くの市民が、朝目覚めるたびに、「戦争が悪夢であってほしい」と思うが、夢ではないことに気付き落胆すると語った。
団地の住民が煮炊きをしていた団地の中庭でもミサイルが炸裂。住民の遺体を回収する人はいない。人々は遺体のかたわらを歩いている。戦争による精神的ストレスに耐えられなくなり、徒歩でマリウポリを脱出した家族もいる。
マリウポリの劇場には、住居を失った市民約1000人が避難していた。劇場関係者はロシア軍の爆撃を避けるために、空から見えるように劇場の表と裏の地面にロシア語で「子ども」と書いた。だが、ロシア軍の戦闘爆撃機は劇場に爆弾を落として破壊した。がれきの下敷きになって死亡した人の数は300人とも600人とも言われるが、正確な数はわからない。
ロシア軍は1日当たり約2万発の砲弾を、手当たり次第にウクライナ軍の支配地域に撃ち込んでいる。これは戦争ではない。虐殺だ。
ロシア軍に襲われた地域は、アレッポやグロズヌイ、1945年のベルリンのような廃墟と化す。マリウポリで死亡した人の数は公式には把握されていない。ウクライナ側は2万5000人の市民が死亡したと推定している。このような惨劇が21世紀の欧州で起きているとは…。まさに悪い夢のような現実だ。
(つづく)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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