なぜドイツ人は森を愛するのか(上)
ドイツ人は森が大好きだ。彼らは子どものころから、両親や友人とともに森や公園で散策するという習慣が身についている。大人になってからも、森の中での散歩を欠かさない。小鳥のさえずりに満ちた森が心に均衡をもたらす。ドイツ人にとっては、森を歩いて自然の美しさを満喫することが生活の一部となっている。
なぜ、彼らはこれほど森を愛するのだろうか。ドイツの森の面積は約1140万ヘクタール。国土の3分の1だ。森はドイツ人にとって独特の意味を持っており、アイデンティティの一部と言っても大げさではない。
古代のゲルマン人たちにとって、森は外国の侵略者から身を隠すのに絶好の場所だった。ローマの歴史家タキトゥスは、紀元98年に書いた「ゲルマニア」の中で「ゲルマン人が住む地域のほとんどは、深い森と湿地に覆われている」と記している。森は、ゲルマンの戦士たちの重要な味方だった。
ローマは、ゲルマニアに軍団を送って征服しようとした。紀元9年に現在のドイツ北部のトイトブルグの森で行われた戦いでは、ゲルマン人たちは森に隠れてローマの軍団を待ち伏せし、奇襲攻撃によってほぼ全滅させた。タキトゥスも「年代記」の中でこの戦いについて言及している。多くのローマ人たちにとっては、蛮族と思われていたゲルマン人がローマの軍団に壊滅的な打撃を与えたことは衝撃だった。タキトゥスは年代記の中で、「戦いで生き残った兵士たちによると、戦場にはローマ軍の兵士や馬の骨、武器が散らばり、木の幹からはローマ兵の生首がぶら下げられていた」と書いている。この戦いで惨敗したことにより、ローマ軍はゲルマニア征服をあきらめる。
ローマ人たちにとって、ゲルマニアの深い森は湿地が多く、危険と謎に満ちた暗く不気味な場所だったが、ゲルマン人たちにとっては外敵から自分たちを守る「防壁」でもあった。
この神秘的な森のイメージは、18~19世紀のドイツロマン主義の文学や絵画に受け継がれていく。ロマン主義の画家カスパー・ダビッド・フリードリヒ(1774年~1840年)が描いた「森の中の猟騎兵」という作品はその典型だ。小銃を持った1人の兵士が、薄暗く深い森の前で立ちすくみ、森の奥の方を覗き込んでいる。鉄兜の飾りから、猟騎兵はフランス軍の兵士であることがわかる。暗い色調の森はおどろおどろしく、威圧的ですらある。縦長の画面の90%は樹木で覆われており、ものすごい圧迫感を与えている。
(つづく)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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