EUのインダストリー5とは何か(下)
EUは、2022年にインダストリー5.0を提唱することによって、「人間の顔を持つインダストリー4.0」ともいうべき枠組みを作ろうとしている。インダストリー4.0では、部品と工作機械がコミュニケーションを行うことによって、個別大量生産を実現したり、売られた製品が状態を本社にリアルタイムでフィードバックすることでメーカーが修理、点検、新製品などを能動的にオファーするスマートサービスが想定されている。これに対しインダストリー5.0では、人間と機械が相互に依存して関わり合うインターアクティブな関係が重視され、人工知能(AI)が大きな役割を果たす。
インダストリー5.0は、環境保護も重視する。その背景には、EUが19年に公表した「欧州グリーン・ディール」という計画がある。地球温暖化の防止のための温室効果ガスの削減は、EUにとって最も重要な政策目標の一つだ。EUは再生可能エネルギー拡大の加速や化学業界、鉄鋼業界の製造プロセスで使われる化石燃料を水素によって代替することなどにより、50年までにカーボンニュートラルの達成を目指す。そこには、製造工程のデジタル化による資源利用の効率化も含まれる。
EUは経済と社会のグリーン化とデジタル化のために、21年~27年のEU予算1兆8243億ユーロ(255兆4020億円、1ユーロ=140円換算)の30%を投じることを提案している。
つまりEUは、21世紀の最も重要なプロジェクトであるグリーン化とデジタル化計画の柱の一つとして、インダストリー5.0を利用しようとしている。
インダストリー5.0に関する提言書の執筆者の1人、ディクソン・デクレーヴ氏は「インダストリー4.0はテクノロジーを重視し過ぎており、気候変動など地球と人類が直面している問題を解決するには適していない」と述べている。つまり、彼らは、インダストリー4.0は温室効果ガス削減や所得格差の是正などに対する解答にはならないと批判しているのだ。
「AIを利用して、人間の生活の質を高める」というインダストリー5.0の狙いには、日本政府が提唱するソサエティー5.0と似ている点もある。ソサエティー5.0も、「経済と社会のデジタル化を通じて、温室効果ガスの削減やフードロスの削減などの社会的課題の解決を目指す」としている。EUの「人間中心でグリーンな製造業デジタル化計画」は、成功するだろうか?
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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