なぜW社はロシアから撤退したのか(下)
ドイツのガス・石油会社ヴィンタースハルDEA(WD)の親会社BASFのブルーダーミュラー社長は、2023年1月に「われわれは、ロシアがウクライナの領土だったクリミア半島を併合した時に、ロシアから撤退するべきだった。あの時に欧州諸国がクリミア併合に対して強硬な姿勢を見せなかったから、プーチン大統領は22年にウクライナ侵攻に踏み切ったのだ」と語った。
サハリン2を引き継いだ新合弁企業サハリンスカヤ・エネルギヤに、日本の総合商社2社が出資している比率は合計22.5%だ。比率が50%に達していないので、「株主議決権の無効化」に関する政令は、この合弁企業には適用されないものと思われる。
だが、プーチン政権の振舞いはしばしば恣意的であり、朝令暮改は日常茶飯事だ。例えば、22年3月23日にプーチン政権は突然「西側企業はガス代金をルーブルで支払うこと」と義務付けた。西側企業との契約書にはガス代金の支払いはユーロかドルで行うと明記されており、ロシアの決定は契約違反だ。だが、プーチン政権は、その8日後には「ガスプロムが所有する銀行に口座を作り、そこにドルかユーロで支払えばよい」と発表。西側企業は朝令暮改に振り回されたが、結局ロシアは約5カ月後に西欧向けのガス供給を停止した。
この例に表れているように、ロシアが今後どのような新政令を発布するかは未知数だ。「非友好国」に対しては、今後も恣意的な態度を取ると考えるべきだろう。日本政府は、欧米とともにロシアに対する経済制裁措置を実行している「非友好国」だ。そうした国を、プーチン大統領がいつまでも大目に見てくれる保証はない。
ドイツは国際法違反や人権侵害を批判せずに、ロシアのエネルギーを買い続けてきた。その結果、22年にはしごを外されて、LNG陸揚げ設備3カ所の建設、市民や企業のガス・電力料金負担への上限設定、大手ガス・電力会社救済のための国有化など、何兆円もの資金を投じた泥縄式の対応を迫られた。今ドイツ人たちは、過去の政権がロシアに対する宥和主義、政経分離主義を取ってきたことについて、多額の代償を払わされている。
約30年間にわたりロシアとエネルギー・ビジネスを行った後、この国を撤退するWDの最高責任者の言葉には、「裏切られた」という失望感がにじみ出ている。メーレン社長の撤退宣言は、ロシアとビジネスを続けている世界中の全ての企業に対する警鐘だ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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