ドイツのワーク・ライフ・バランス
ある金曜日の昼、12時10分にミュンヘンのある会社に用事があり電話をしたところ、「うちの営業時間は7時半から12時。月曜日にかけ直して下さい」と言われた。えーっ、午前中しか働かないの?
実はドイツには、金曜日は昼で仕事をやめるという会社がまだ結構ある。これがドイツのワーク・ライフ・バランスだ。もしも日本でこんな対応をしたらお客さんは怒るだろう。「もうこの会社には仕事を頼まない」という人もいるかもしれない。だが、ドイツでは、この会社の対応はごく普通であり、誰も目くじらを立てない。
お客さまの都合よりも働く者の都合を優先しているのだ。自由時間は神聖なものであり、誰も侵してはならない。
こういう働き方が通用するということは、ドイツの経済と社会に余裕がある証拠だ。企業はお客さまにサービスをするために、自社の社員の労働条件を悪くする必要がないのだ。会社の上司も、社員に労働時間を厳しく守らせなければならないので、顧客サービスを向上するために長く働けとは絶対に言わない。ドイツにある企業は、効率性を重視する。つまり、仕事を達成するための労力、時間、費用と収益を常に比べる。ある課題を達成するための費用が収益に比べてかかりすぎる場合には、その課題はやらない。人件費が高いからだ。
顧客自身もプライベートな時間の重要さを理解しているので、会社側から「その仕事は費用がかかりすぎるのでできません。わが社の社員に残業をさせてまでその仕事を行うことはできません」と言われれば、怒らない。
特に、今ドイツでは人手不足が深刻なので、労働条件を悪くすると社員が会社を辞めて他社に行ってしまう可能性があり、経営者にとってはタブーである。私もドイツに33年間住んで、ドイツのサービス砂漠には完全に慣れてしまい、もう腹も立たない。
顧客サービスがこんな状態でも、ドイツの国民1人当たりの国内総生産は日本を上回り、労働生産性は日本より約40%高く、年間賃金水準も日本より高い。
大企業の取締役など一部のエリートや自営業者を除けば、大半のドイツ市民は、自分の生活を犠牲にしてまでがむしゃらには働かない。仕事は仕事、その後は家族との時間、プライベートな時間を大事にする。
労働時間を短くして有給休暇取得率を高めるには、顧客も含めた社会全体のコンセンサス(合意)が重要なのだ。この合意がないと、真の働き方改革は難しい。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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