ロシアの団地体験記(上)
ソ連が崩壊して以来、EU(欧州連合)は多額の資金をつぎ込んで、ロシアのインフラを整備するための援助活動を行っていた。そうした援助活動を現場で実施するのは、多くの場合NGO(非政府組織)である。知人のドイツ人女性Aさんは、環境保護プロジェクトを実施するNGOの責任者として、ロシアのサンクトペテルブルグに住んでいた。1995年に私と妻は、Aさんを現地に訪ねた。当時、西側企業の多くは駐在員を治安上の理由から高級ホテルなどに住ませていたが、Aさんは目立たない方がよいという理由で、大半の住民がロシア人である団地に部屋を借りてひっそりと住んでいた。Aさんのアパートに10日間にわたり滞在させてもらった私たちは、ロシア市民の生活ぶりの一端を垣間見ることになった。
まず、アパートの入り口に来てびっくりした。郵便受けは全て何者かによって壊され、扉がなくなっている。これでは郵便受けの意味が全くない。階段・廊下の電灯も壊れていて真っ暗だ。「このアパートの階段はロシアとしてはまだ良い方なのよ」。Aさんによると、ロシアでは通行人がアパートの階段や踊り場をトイレ代わりに使っていくことも多いそうだが、彼女のアパートの階段では幸いそうした悪臭はなかった。
四つの部屋に台所、浴室があるアパートは、広さが150平方メートルほどのかなりゆったりした造りである。ここに住んでいたロシア人の家族は、数年前に英国に移住した。この家族はロシアを去る際に、ほとんどの家財道具、家具、蔵書、食器などを置いたまま出ていったため、アパートの中はものであふれ返っていた。まるで、ロシア人の家族が昨日まで生活していたような雰囲気が残っている。お世辞にもきれいとはいえない浴室は、材木や工具などが散乱しており、まるで物置のようだ。台所の引出しを開けると、ネジや釘、プラスチック製のヨーグルトの容器などがざくざく出てきた。消費物資が不足していた時代に、住民は目に付いたものを手当たり次第に貯めこんでおいたという感じである。
Aさんによると、サンクトペテルブルグの水道水は、水源のネヴァ川が汚染されているため、そのまま飲んだり料理に使ったりすることはできない。彼女は蛇口から出した水を、ドイツから持ってきたフィルターでろ過した上、ガスレンジで沸騰させてから使っていた。大都会でも水道水を飲むことができないとは、劣悪な生活環境である。
(つづく)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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