露の政治学者が欧米への核攻撃を提案
ウクライナ戦争が長引く中、ロシアの著名な政治学者が過激な発言を行った。モスクワ経済高等学校のセルゲイ・カラガノフ学長は6月13日、「ロシア・イン・グローバル・アフェアーズ」というウェブサイトに「困難だが必要な決定」という論文を発表した。
カラガノフ氏はこの中で、「ウクライナの東部と南部を占領するだけではなく、全土を支配し、ウクライナをロシアに友好的な緩衝地帯にすることが重要だ。そのためには、欧米諸国を屈服させる必要がある」と主張。
さらに同氏は「第二次世界大戦の末期に、神は人類に核兵器を与えて、戦争を終わらせた。1945年に人類は核兵器の破壊力を目の当たりにした。このため人類は、76年間にわたって欧州で戦争を行わなかった。しかし、欧米諸国は、核兵器の恐怖を忘れてしまった」と述べる。彼は、このままでは第三次世界大戦が起こる可能性があると警告する。そうした事態を防ぐために、欧米に核兵器の恐怖を思い出させ、自己保存の本能を復活させる必要があると語る。
カラガノフ氏は「核兵器の使用に踏み切る閾(しきい)が高過ぎる。閾を低くし、ウクライナを支援している国々で、われわれの核攻撃の標的となる施設の周辺に住む人々に避難するよう勧告するべきかもしれない」と主張。さらに同氏は「それでも欧米諸国が引き下がらない時には、ロシアは欧米諸国の複数の目標に核攻撃を実施するべきだ」と述べ、欧米に対する先制攻撃を提案している。
外交防衛政策評議会の座長でもあるカラガノフ氏はプーチン大統領の顧問の一人で、クレムリンの意向を代弁する政治学者だ。
カラガノフ氏の提案は危険である。第三次世界大戦を防ぐために、欧米に核攻撃を行うというのは本末転倒だ。彼は昨年2月にウクライナに侵攻したのがロシアであり、戦争の原因がプーチン大統領の領土拡張政策にあることを無視している。
プーチン大統領は今年6月に、核兵器を友好国ベラルーシに配備したことを明らかにした。カラガノフ氏の過激な提案が、そのままプーチン大統領によって採用されるとは思えない。ロシアが北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対して核攻撃を行った場合、欧米とロシアが全面戦争に突入し、犠牲者数はさらに増えるからだ。だが、同氏の論文は、ロシアの体制派知識人の間で、いかに非理性的な暴論が流布されているかを示している。世界で唯一の被爆国日本は、引き続き核兵器の使用に強く反対するべきだ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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