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【保険毎日新聞社 創刊80周年記念特集】〈対談〉保険業界の新たなサービス考察 リードインクス代表取締役社長兼CEO 柏岡潤氏、ボストンコンサルティンググループマネージング・ディレクター&シニア・パートナー 高部陽平氏

AI・クラウドの進展や保険業法改正、海外プレーヤーの台頭など、業界を取り巻く環境は大きく変化している。こうした中で、テクノロジーを活用したビジネスモデルの再構築や顧客体験の向上、データ活用による新たなサービスの創出が求められている。そこで本紙では、保険×テクノロジーの最前線をけん引する柏岡氏と国内外の金融・インフラ企業のDXを支援してきた高部氏に国内外の動向を踏まえた日本の保険業界の現状と課題、そして今後のさらなる成長に向け必要な新たなサービスのあり方について語ってもらった。

高部氏(左)、柏岡氏
グローバル保険市場のテクノロジー変革の潮流
高部 保険会社のシステムは、商品の複雑さ・特約の多さ、代理店への報酬設計、決済手段の多様化などにより肥大化しやすい傾向がある。さらに、事務手続きや顧客接点の増加によって、単にシステムを軽量化するだけでは限界がある。海外での大手保険グループのクラウド移行の検討では、メインフレームの脱却に際し、商品や業務の簡素化が不可欠になった。現在ではCIOに加え、COOやCFOも巻き込んだ全社的な変革が進み、テクノロジーとビジネスの一体的な見直しが求められるようになっている。
柏岡 テクノロジー導入は、ビジネス構造の変化と連動することで初めて機能する。米国では保険業務が分業化され、各社が専門領域に特化し、システムもモジュール化が進んでいる。一方で、東南アジアでは包括的なシステム活用と共通化による全体最適が行われ市場特性や規模に応じて、テクノロジーの支え方も多様化している。
高部 こうした違いの背景には、各国の消費者の金融・デジタルリテラシーの差がある。米国では自ら商品を選ぶ力が強く分業化が進んでいるが、日本や欧州では包括的な提案が求められており、保険会社が全体を担う傾向がある。東南アジアではデジタル購買が活発で、シームレスな体験が重視されている。
日本市場特有の構造課題
柏岡 日本ではデジタル人材が限定的で、他部門との連携が難しい。専任部門の設置やキャリア採用が進みつつ、法規制などの制約もあり、事業とのシナジー構築に課題は多いが現場での変化の兆しも感じている。
高部 日本は、シニア層の資産保有率が高く、信頼するチャネルでの購入が重視される一方、若年層はオンラインに慣れているものの市場規模はまだ小さい。そのため、企業はターゲットとする顧客に応じてデジタル投資の方向性を柔軟に定める必要がある。また、SI企業への依存度が高く、内製化によるスピードと柔軟性の確保が今後の鍵になる。
柏岡 縦割り構造でデジタル投資が行われる傾向の中で、全体最適や顧客体験の視点が重要になる。東南アジアでは業務とシステムを橋渡しするビジネスアナリスト(BA)の存在が改善を加速させており、日本でも同様の体制整備が必要だと感じる。
高部 ベンダー任せの開発では顧客体験の主導権を失いやすい。「何を作るか」を自ら定義し、必要なら自ら手を動かせる人材を増やすことが今後の組織に不可欠だ。
次の5年間の保険業界の変化
高部 生命保険市場の活性化には、消費者保護と資産形成支援の両立が不可欠だ。AIやクラウドの進化により、商品開発の柔軟性が高まる一方、システム構築の遅さや認可体制、チャネルの説明力に課題が残る。テクノロジーを活用し、制約を乗り越えることが求められる。
柏岡 保険業法改正により、保険会社と代理店の責任分界が再定義されつつある。ダイレクトチャネルの再評価や、代理店との対等な連携によるシナジー創出が進むことで、今後はデータ主権とエンゲージメント主体を巡る競争が激化するだろう。
高部 通信や医療など日常的な接点を持つ企業が保険に参入し、“実績と慣れによる信頼”を武器に市場に挑む従来の長期責任型モデルと、日常接点型モデルが並存する時代に入り、顧客からの信頼の獲得方法が多様化する。
柏岡 保険商品がコモディティ化する中、顧客とのエンゲージメントを目指す各社は自社経済圏内での差別化を進めている。ポイントやマイル、データ活用による新サービスなど、顧客のLTV(ライフタイムバリュー)最大化を目指す“緩やかな連合”が形成されつつある。
高部 オンラインチャネルの拡大により、商品横断的な販売モデルが登場し、顧客ニーズに応じた柔軟な選択が可能になっている。
柏岡 2000年代の金融ビッグバンで目指された金融自由化は、テクノロジーの進展によりさらに現実味を帯びてきた。リテラシーの壁を超え、構想が再び動き出していると感じる。AIやデータを活用した「顧客理解の深化」が次の5年で保険業界の競争力を左右する。当社としてもこうした技術を生かし、「信頼を得る」仕組みづくりを進めている。
制度とテクノロジーの共進化
柏岡 AIやクラウドの活用により、募集や査定のプロセスを電子的に記録・管理することで、規制対応の効率化が可能になる。欧州の事後チェック型制度を参考に、日本でも自動化とスピードの両立が期待される。
高部 AIによる均質な対応はコンプライアンス面でも優位性があり、記録の自動化によって透明性も向上する。段階的な導入と当局の柔軟な姿勢が求められる。
柏岡 東南アジアでは均質性が低いためAI導入が進みやすいが、日本では品質基準が高く導入が難しい面もある。
高部 とはいえ、コールセンターでは新人の育成支援や業務品質の底上げにAIが有効で、全体の効率化に貢献する。
柏岡 新商品導入時の教育コスト削減にもAIは有効だが、偶発的な工夫や改善は人にしかできない。AIと人の融合が今後の課題となる。
日本企業のチャンス領域
高部 生命保険ではアセットマネジメントとの融合が進み、説明責任の難易度が増す中で、テクノロジーを活用し対応力を高められれば成長が可能になる。損保では系列代理店依存から脱却し、リスク評価と専門性の強化が求められる。
柏岡 日本の社会課題である高齢化や災害リスクを出発点に、ヘルスケアや防災分野での新規事業が期待される。IoTをはじめとするデータ取得や分析、AIの進展と保険の組み合わせによる価値創出が進む。
高部 ヘルスケアを含めた世界ではプリベンション(予防)が重要なキーワードとなり、保険会社のリスク評価力を生かした社会的損失や医療コストの最小化が求められる。
柏岡 企業のデータを活用し、保険を“出口”として組み合わせることで、事業の付加価値が高まり、海外展開の可能性も広がる。
高部 医療と保険の連携や規制の見直しにより、保険会社の役割拡張が進む。
柏岡 海外から見ると、日本は官民連携による柔軟な制度設計を実現していると認識されており、社会実装に向けた対話の余地が大きい。
保険業界に必要な新サービス
柏岡 現代のデジタル社会では、LTVを意識した「ゆりかごから墓場まで」のサービス接点が求められているが、保険単体ではその特性から包括的に横ぐしをさしづらい。社会保障では、年齢軸での手当や保障となるが、民間においては、タイミングやコンディションベースで保障の自動最適化や、ユーザーに負荷をかけずに寄り添う仕組みが登場すると面白いと考えている。通信事業者や保険会社のように長期的な関係を築く企業こそ、ユーザーの属性や社会背景をパーソナライズし、柔軟に組み替え可能な保障設計を提供すべきだ。その実現には、個人のデータ主権を前提としたAI活用による共存型保険プログラムの構築が鍵となる。
高部 そうした観点から保険も携帯電話のように、無料・有料・月額・買い切りといった多様な選択肢を持ち、ニーズに応じて柔軟に選択・変更できる形へ進化すべきだ。だが現状は、商品設計やシステム、チャネル報酬体系の硬直性が障壁となっている。特にチャネルは短期業績に基づくコミッション構造が主流で、小規模な追加契約では報酬が成立しづらく、柔軟な商品提供が難しい。今後は、保障総額やサービス全体に対するフィー型報酬など、新たなビジネスモデルの導入が求められる。
柏岡 保険会社とユーザーの理想的な関係を築くには、代理店の業績維持と顧客本位のサービス提供の両立が不可欠だ。従来の構造では獲得が優先され持続的な価値提供が難しい。携帯電話業界は、MNPの仕組みが導入され、流動性が向上したことで純粋な獲得競争が盛り上がり、顧客目線でのサービス拡充に舵を切った。保険業界でもそのような経済圏のリッチ化が進むと考えている。乗り換えが容易になればユーザーの関心も高まり、保険が他の金融・生活サービスと競合する中で、選ばれる存在となる。業界全体での構造改革と、チャネル・システム・報酬モデルの見直しが急務になる。
【柏岡潤(かしおか・じゅん)氏プロフィール】
06年ソフトバンクBB㈱(現:ソフトバンク㈱)入社。法人・個人向け営業を経て、18年から保険業界のDXを推進するインシュアテック領域の事業開発を担当。現在フィンテック事業を統括するとともに、リードインクス代表取締役社長兼CEOとして保険×テクノロジーの革新に挑む。
【高部陽平(たかべ・ようへい)氏プロフィール】
ボストンコンサルティンググループ保険プラクティスのグローバルリーダー。05年に入社後、金融・保険業界を始め、通信・ガス・電力等のインフラ系業界、小売業界を中心に、長期戦略、新規事業戦略、IT戦略、コスト効率化、プロセス/システム変革のPMO等、デジタルトランスフォーメーションを中心とする数多くのプロジェクトを手がけている。
