Advertisement Advertisement
特集

MDRT会員の肖像(4) ソニー生命 星野 光寿氏

SHARE

MDRT会員の肖像(4) ソニー生命 星野 光寿氏

「全ての経験が自分の仕事を創っている」





ソニー生命 星野 光寿氏



――ソニー生命に入社した経緯は。

星野 母子家庭で育ったので母親を支えたいと思い、若いうちから収入が期待できると考えて新卒では不動産会社に就職した。5年働いてキャリアを積み、管理職にも就いた。

入社5年目のある時、担当したお客さまが世帯収入で手の届く最高額の家を気に入って購入した。お客さまは納得して購入しとても喜んでいたが、「家計に無理なく返済していくことができるのか」と少し不安が残った。それ以降、それまで以上にお客さまの家族構成や収支のバランスが気になるようになった。

ちょうどそんなとき、かつての同僚でソニー生命に転職した先輩からライフプランナーにならないかと誘われた。ライフプランナーになれば、不動産を購入していただいたお客さまの不安や困りごとも解消することができるのではないかと思い、入社を決めた。不動産会社の同僚たちからは「厳しい世界だからやめておけ」と言われたが、同僚も経験したことがないのにどうしてそんな風に言うのだろうと逆に興味が湧いた。

――入社後は。

星野 入社の際、入社後に保険を紹介したいと思う友人や知人を思い浮かべたが、私は「この人にはいけない」など遠慮してしまい、結局50人くらいしか連絡することはできなかった。

その後は知り合いの不動産の営業マンに頼み込んで営業に同行させてもらったり、同じ支社でトップセールスの先輩からセールストークをコピーさせてもらったりして、契約件数を挙げるため試行錯誤した。申し込みは一時的には増えたが、人が考えた話をコピーして話をすることに飽きてしまい、契約件数は伸び悩んだ。それでも結果が出るまではと考え、入社3年目まで愚直にそれらを続けた。

――転機となったのは。

星野 業績の悪い状況が続き、入社して3年目にはとうとう預金残高が底をついた。共働きで支えていてくれた妻にも言い出せず、早朝、寝ぼけている妻に断って財布から1000円を借りて出社した。支社の研修室で一人になると鍵を閉めて号泣し、この仕事をやめようと思った。

約40分間泣き続けると、頭の中がすっきりして冷静になれた。そして自分が生命保険の営業という仕事やソニー生命のライフプランナーでいることに意義を感じていること、それまでにご契約いただいたお客さまの顔を思い出し、「最後に本当に伝えたいことをお客さまに伝えてからやめよう」と決めた。

そうして、自分が心からお客さまに伝えたいことを考えていたら、母子家庭で育った自分の生い立ちとその経験からくる想いは、生命保険の営業においては一つの個性であり財産なのではないかと気付いた。きちんと自分の言葉でお客さまにお話したい。そう考え、お客さまたちに電話してアポイントをとった。申し込みもお預かりしない、パンフレットでの説明もしないと決め、手ぶらでお客さまのところに行った。そして自分の生い立ちとともに「縁があって出会ったお客さまには経済的な不安を抱いてほしくない、という想いでこの仕事をしている」と伝えた。そうした“お客さま行脚”を、毎週末1日約25件、1カ月続けた。すると、話を聞いていただいたお客さまから「あなたから加入できてよかった、安心した」といった温かい言葉をいただいたり、新規の申し込みや紹介をいただいたりするようになった。そこからコツコツと目の前の仕事を続け、気付けば妻や母を安心させられるくらいに業績が安定していた。

――仕事で苦手なことや、得意なことは。

星野 不動産の営業をしていたころから新規面談が苦手で、今でも初めて伺うお客さまの家の玄関先では、吐きそうなほど緊張する。小心者で他人の顔色を気にするタイプで、そんな性格を疎ましく思ったこともあったが、お客さまの異変にいち早く気付いて声をかけることができたりと、少なからず仕事の役に立っていると最近は感じる。



“仲間の大切さ”教えてくれたMDRTに恩返しを



――MDRTの入会は。

星野 同じ支社にMDRT日本会の会長を務めた人や、後にMDRTソニー会の会長となる人たちがいて懇意にしてもらっていた。その先輩たちが入会するための基準達成に向けて毎月私の数字を確認したりいろいろ教えてくれたりしたおかげで、目指してから半年後には、ギリギリの成績ではあるものの基準を達成して入会した。

――実際の活動に抱いた所感など。

星野 最初にMDRTソニー会の研修に行ったときは、名だたる先輩方と話すことや、バズセッションなど自分の発言の機会が多くあったため、「これを言ったらつまらないと思われるかもしれない」など考え、ひどく疲れたことを覚えている。しかし終了後には充実した良い疲労感を感じた。さまざまな意見がある中で自分の考えを整理することは、自分という人間がどういうことを考えて何を大切にしているかを知るプロセスだった。

その後毎年MDRTにも登録し成績も落ち着いていたが、入社から約14年が経った頃、会社に帰属する意義が見いだせずに悩んでしまったことがある。このまま仕事を続けていてよいのか。代理店に転職することなど他の道を考えた方がよいのではないかと思うようになった。

ちょうどそんなとき、MDRTソニー会の運営をしていた先輩に、一緒に運営をしていかないかと声をかけてもらった。迷ったが日頃からよくしてもらっていた先輩からの誘いだったこともあり、やってみることにした。当時はそのMDRTソニー会の運営に加え、JAIFA((公社)生命保険ファイナンシャルアドバイザー協会)のソニー生命東京分会の会長も務めていた。母子家庭で育ったためか、周囲の人と大勢で何かをすることも苦手で、仕事においても一人で考えて行動することが正解だと思っていたが、その両方の組織での活動により、仲間の素晴らしさや人に頼ることの大切さ、みんなで一つのものを創り上げていくことの楽しさを学んだ。自分はすごい人たちと一緒に仕事をしていると思うことが何度もあった。まだ出会っていない会社内の5500人を超えるライフプランナーにも素晴らしい人がたくさんいるはずだと確信し、会社を出てその人たちとの縁を切ることはとてももったいないことだと思った。そうして、ソニー生命とMDRTで頑張っていく決心がついた。

――今後の課題や目標を。

星野 この業界に入って18年目になるが、この18年、ソニー生命やJAIFA、MDRTでの活動で本当に成長させてもらったと思う。それらに対して自分がどう恩返ししていくかということを常に考えている。かつての自分のように、斜に構えて人と何かをしていく喜びをまだ知らないライフプランナーに、MDRTやJAIFA、そしてこの仕事の本当の意味での素晴らしさを伝えて、会社にも業界にも良い影響を少しでも与えていきたい、そういう活動に貢献していきたいと思っている。個人としても、常にお客さまから信頼される人でありたいと考えている。



SHARE