全代共 「ネクストプラス共済」取扱開始 GPS連動で回収型運転代行を補償 安全運転支援・配車管理の効率化も
全国運転代行共済協同組合(全代共)は2025年11月から、運転代行業務におけるさまざまなリスクに対応した新商品「ネクストプラス共済」の取り扱いを開始している。同種の共済商品では初めて、掛金の算出基礎を随伴車両数ではなく、GPSに連動した専用アプリのアカウント数とすることで、従来商品では対象外だった「回収型運転代行」の補償を可能にした。また、車両の位置情報や運転状況をリアルタイムに把握できるGPS機能を活用して、安全運転支援や効率的な配車管理など運転代行事業におけるリスク軽減とサービス品質の向上を後押しする。
全代共が従来販売している「受託自動車共済」は、事業者が所有する随伴車両数を掛金算出の基礎とし、顧客からの受託車と随伴車がペアとなって目的地まで走行する一般的な運転代行形態のみを補償している。ただ、この仕組みでは、受託車で事故が発生した場合の共済金の請求において、随伴車の確認は原則、事業者の申告を中心に行われているため、一部の契約者では、業務使用する随伴車の全てを登録しない、いわゆる「間引き契約」を完全に防ぐことはできなかった。
一方、受託車と随伴車が必ずしもペアとはならずに複数の受託車の運転手を1台の随伴車で回収する「回収型運転代行」形態は効率がよく、一部の随伴車が故障した場合でも営業機会の損失を最小限に抑えられる上、運転手不足や急な欠員にも対応しやすいといったメリットがある。同事業を規制する「自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律」でも認められている形態だが、本来のリスク量となる送迎する受託車両数を正確に把握することが困難なことから、従来商品では補償対象外にしていた。
こうした課題を受けて、全代共は、受託車両の運転手がスマートフォン等の端末にインストールした専用アプリのアカウント数で掛金を算出する「ネクストプラス共済」を開発。補償の条件であるアプリの起動によってGPSが作動し、受託車両の走行状況が自動記録されることから、随伴車両の数にかかわらず、運転代行業務の稼働状況の確認が取れる。
補償内容は、従来商品と同様、対人賠償共済・対物賠償共済・搭乗者傷害共済・顧客車両共済の4種類で、補償可能受託自動車も従来商品と同じ。随伴車両1台につき3アカウントまで契約が可能で、共済金の請求には随伴車両および第二種免許者である運転手の記載が必要になる。
契約手続きは、事業者自らがPCやスマートフォンを通じて完結する方法に限定しており、その分、従来商品よりもリーズナブルな掛金になっている。6等級(割増引0%)の場合、対人賠償無制限(1人につき)、対物賠償1億円(1事故につき)、搭乗者傷害1000万円を限度、顧客車両2000万円を限度(時価額)、免責5万円の場合、1アカウント当たりの月額掛金は1万2800円になる。
新商品には、GPSを活用して運転代行事業をアシストするさまざまな機能がある。地図上で車両の現在位置がリアルタイムで把握できることから、効率的な配車指示が可能となり、無駄な移動を減らしてより多くの顧客に対応できる。
また、運転手ごとの運転傾向データを収集して個別の安全運転指導に活用することも可能で、急発進や急ブレーキなどの危険運転の抑制や、効率的な運転技術の向上に役立つ。このほか、車両ごとの走行状況を分析することで、曜日・時間帯別の受注傾向などのデータが経営戦略の材料にもなる。
開発に当たっては、運転代行業を所管する国土交通省と警察庁の認可を得ている。また、従来商品も引き続き販売しており、事業者は自らのビジネスモデルに合わせて選択することができる。
全代共では、「ネクストプラス共済の発売によって回収型運転代行の補償も提供できるようになったことから、運転代行業の皆さまはこれまで以上に仕事の幅を広げていってもらえればと思う」として、新商品の今後の販売拡大に意欲を示している。
1.4度目の利上げに踏み切った植田総裁
12月18日、19日に開催された日銀金融政策決定会合では、おおかたの予想通り0.25%の利上げが実施された。植田総裁が12月1日の名古屋における講演で事実上予告していたこともあり、直前の金融市場ではほぼ100%織り込まれた状態であった。
ハト派(金融緩和寄り)的イメージの強い植田総裁だが、任期を半分弱残した現時点で自身4度目、累計0.85%の利上げである。日銀にはかつて、「利上げは勝ち、利下げは負け」という風潮のようなものがあった。これに従えば、過去5代の総裁が30年以上にわたり誰もできなかった「偉業」を植田総裁は成し遂げたことになる。「平成の鬼平」と言われた6代前の三重野康総裁は計2.25%の利上げを実施したが、回数でいえば3回であり、回数だけなら植田総裁が上回る。戦後、一萬田尚登氏から前川春雄氏までの時代(1946~1984年)は制度上、利上げの回数自体が数えにくいが、明確に5回以上利上げできた総裁はおらず、最多の一萬田氏が約4回である。植田総裁がもう1回利上げを実施すれば、戦後初めて明確に5回以上の利上げを実施したタカ派(金融引き締め寄り)的総裁として名を残すことになるかもしれない。
2.必要だったのは政権の容認
植田総裁は、10月の会合以降、「春闘の初動のモメンタム(勢
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