ナポリと自動車
南イタリアの古都、ナポリ。この町の交通事情は、カルチャーショックだった。同じ欧州といっても、ドイツと南イタリアでは運転の仕方に雲泥の差がある。ドイツでは大半のドライバーが規則を守っている。例えば、標識や信号のない交差点では右側から来た車が優先、細い道から広い道に入る時には広い道を走っている車が優先。ロータリーでは中にいる車が優先といった規則がある。
ところが南イタリアでは、規則が守られていない。信号のない交差点では、先に入ったドライバーが勝ちである。ぶつからない限り強引に突っ切らないと、前に進むことができない。ほとんどのドライバーがこのような運転をしているので、交差点の中心部はあらゆる方向へ進もうとする車でごった返している。脇道から大通りに入る車も、車の流れが途切れるのを待たない。スキがあれば、すぐに鼻先を突っ込んでくる。急ブレーキを踏まざるを得ない。車線も気にしない。道幅さえ許せば、車が三列にも四列にもなって走っている。車線を逆走している車も見た。
南イタリアのもう一つの問題は、盗難である。知り合いのドイツ人は、南イタリア・バリの近くの砂浜で日光浴をしている間に、近くに停めておいたフォルクスワーゲン・ゴルフを盗まれた。
南イタリアで外国人ドライバーを悩ませるのが、暴力団だ。路上に車を停めると男が近寄ってきて、「車が盗まれないように見張ってあげるから、金をくれ」と声をかける。私もしばしば金を要求された。渡す金は200円前後でいいのだが、払わないと車を傷つけられることもある。
また、ナポリの中心街には、一方通行の道が多い。まだカーナビがなかった時代である。私は幅が3メートルくらいの路地に車で迷いこんだ。頭上には洗濯物がぶら下がり、日光もろくに射さない。まるで谷底のようである。鋭い目付きの若者が、路地に闖入した外国人をにらみつける。ただでさえ狭い路地には、ごみ箱やスクーターが置いてあるので、車が1台そろそろと通るのがやっとだ。ここは治安が悪いため入らない方がよいと友人が忠告してくれた、通称スペイン地区である。すると通りがかりの白髪のイタリア人の男性が車を誘導してくれた上、路地から抜ける道を教えてくれた。彼は身振りで「ドアをロックしろ」と指示した。やはり外国人には危険な場所だったのだろう。親切なナポリっ子に助けられて、私は南イタリアの混沌を脱出できたのである。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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